第9話

「どうしてこんな日に部活がないんだろう。」


次の日の僕は帰路についている。あの後、考えるのに疲れた僕の頭は知らない間にベッドの中でシャットダウンしていた。目覚ましを掛けることも忘れていたため、朝から母さんに叩き起こされ、時間のない中、朝食を口に詰め込んで出発した。今日の朝はバタバタしすぎて、出発間際に言われた「ちゃんと仲直りしなさい!」という母さんの忠告しか正確に頭の中に残っていない。しかも、課題を忘れて、先生からは「珍しい!」なんて言われて……全く散々な日だ。でも、これからがもっと億劫だ。


「どうしよう……仲直りなんてどうやってすればいいんだろう……」


頭をフル回転させながら帰宅すると、すぐに自宅へ到着してしまった。ふと隣の楓の家を見るけれど、楓がいるかどうかなんてわからない。


「はぁ……どうしよう……」


落ち込みながら自宅のドアを開けようとドアノブを引っ張ると、


『ガシャン』


自宅のドアは閉まっていた。


「え? 今日、母さん出かけるなんて言ってたっけ?」


そう疑問に思いながらも、鞄に手を突っ込み、自宅の鍵を探す。数分鞄の中を探して、ようやく自宅へ入った僕はリビングであるものを見つけた。


「これなんだろう?」


ダイニングテーブルの上には見たことのない紙袋が。ダイニングテーブルの中央になんとも見つけて欲しそうに鎮座している。その紙袋の下には一通の置手紙が置いてあった。


『これ、前に楓ちゃんがおいしいって言ってくれた「母お手製クッキー」です!お隣さんにおすそ分けしておいてください。P.S. ちゃんと仲直りしてください。』


「おせっかいな母さんだな…」


口ではそういったものの、母さんに背中を押してもらえたようで自然と笑みがこぼれてしまっていたかもしれない。僕は一度、自分の部屋に行き、荷物を片付ける。いつも部活終わりはお風呂まで部活のジャージでいるが、今日はあいにく部活が休み。制服で行くのもなんだか恥ずかしい。それなら、自分の一番かっこいい服を着ていこうと、もう夕方なのに気合を入れて制服を脱いだ。



「よし!」


自宅の玄関。靴ひもをしっかりと結び、僕の隣には紙袋がある。僕は今から戦いに行く。頬をぱちんと両手で叩き、気合を入れて、ドアを開ける。



楓の家と言ってもお隣さんであるため、ものの数十秒で到着してしまった。


(今日楓はいるのかな?楓のお母さんはこの時間仕事中だと思うけど、万が一お母さんが出てきたらどうしよう?ちゃんと言えるかな?)


頭の中は不安でいっぱいだった。もう少し楓の家が遠かったらキャパオーバーしている僕の頭はオーバーヒートして倒れていたかもしれない。幸いにも無事に着くことができたが、僕の頭は不安で何も考えられなくなっていた。


「こんなんじゃだめだ!」


もう一度気合を入れようと、拳を強く握りしめる。紙袋のひもを巻き込みながら。


「よし!!」


決心のついた僕はインターホンのボタンを押した。



『ピーンポーン』


甲高い呼び出し音とともに聞こえてきたのは楓の声だった。


「はい?」

「あのっ……蒼だけど……」


うまく言葉が出てこない。悔しさのあまり、無意識に拳に力が入る。


「昨日はごめん!言いすぎた、反省してる。母さんがクッキーおすそ分けだって……」


少し早口で徐々に声が小さくなってしまったが、僕の口から言いたい言葉は出てきた。


しかし、インターホンからは返信がない。「お隣の女の子の家の前、ポツンと紙袋を持った少年が一人。嫌われた瞬間である。」みたいなナレーションが流れているかのような分かりやすく、うつむいて落ち込んでいる。その時、


『ガチャン……』


ゆっくりとドアの開く音がした。慌てて見上げると、少し開いたドアの先に楓はいた。


「あの…これっ!」


勢いよく紙袋を差し出すと、楓もゆっくりと手を出した。


「ありがと………私の方こそ…ごめん……」


紙袋を受け取った楓と渡し終わった僕。


「………………」


「あのっ」


僕がそう言いかけた瞬間、楓が遮るように話し始めた。


「私、これから用事あるから。」


「あっ…うん……じゃあね…」


僕から出た言葉はそれだけ。僕の言葉が言い終わったと同時ぐらいに『ガチャン』と音を立ててドアが閉まった。



これでよかったのだろうか。僕の中では消化できていない難しいわけではない簡単な気持ちだけが残っていた。僕はそのまま帰宅し、リビングのソファの上に座っていた。何分座っていたんだろう。もしかしたら、数時間立っていたのかもしれない。我に返ったのは母さんが帰ってきた時だった。


「ただいま!」


リビングのドアが開くと同時に聞こえてくる母さんの声。


「蒼!仲直りした?」


母さんは僕を見つけると、開口一番に聞いてきた。


「仲直りはした。」


今の僕にはこう言い返すことしかできなかった。その日を境に楓が蒼の部屋に来ることはなくなった。

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