第6話
「夕食の準備、できたわよ!楓ちゃんも下に降りてきて!」
勢いよくドアを開けて入ってきた母さんの元気な声が僕を起こす。
(寝ちゃってた…)
どれくらい寝ちゃっていたのだろう。カーテンが開けっ放しになっている窓を見ると外は夕方を通り過ぎて薄暗くなっている。瞼をこすりながら体を起こすと、窓の手前には見覚えのある黒髪の少女が小説を読んでいた。
「おはよ。テニス、お疲れ様。」
その少女は眠りから覚めた僕に話しかけた。
「うん……」
僕の頭はまだ処理できていない。帰ってきたときにいたのか?いや、誰もいなかったはずだ。いつ入ってきた?なんで僕の部屋に楓がいるんだ……!
楓は小説を閉じてひとりで部屋を出ていく。ようやく覚醒してきた僕の頭が今の状況を頑張って理解しようとしている。しかし、理解できない。なんで楓がいるのだろう。唯一理解できた「夕食の準備、できた」という母さんの言葉をもとに僕も部屋を出た。
「てか、なんで僕の部屋にいたんだよ」
夕食後、二人は僕の部屋にいた。
「今日、大会だって言ってたから結果でも聞きに行こうかなって思って。お母さん、今日は休日出勤でいなかったし」
楓はいつもの定位置に座って言う。僕と目が合わない。楓も少し後ろめたいように感じているのだろうか。
「まあ、良いけど……」
僕も返す言葉に困って、許す言葉しか出てこなかった。二人を沈黙が包む。あんなに楽しみにしていた楓との会話の時間なのに何をしゃべっていいか分からない。そういえば、いつも喋り始めるのは楓からだったけ?
「あのさ…楓って高校どうするの…?」
聞きたいことを疑問文にするのがこんなに難しいと思ったことはない。でも、今回の難問文変換クイズの中ではうまく回答できたと思う。
楓はそんなこと聞かれると思っていなかったのだろう。僕からは楓が驚きを隠しきれていないように見える。
「え…?あっ…えっと、今のところは通信制の高校に行こうかなって思ってる。」
「え!今、学校行ってないのに⁉」
僕は思ったことがそのまま口から出てしまった。いつものふざけて喋っていた代償がこんなところで出るとは…楽しみにしていたこの時間が終わってしまう。僕はそう悟った。
「学校、好きじゃないわけじゃないから…」
楓は座っている足の上に置いている拳をぎゅっと握りしめていった。僕は…「えっと…」。僕にはもうわかっている。楓を傷つけてしまったことを。僕の頭は混乱していた。大会の疲れもあるのか全く頭が動いていない。どうやって返したら巻き返せるか。その声が出る前に楓が僕の顔を見て笑顔で言った。
「あと……テニス馬鹿には言われたくないな~‼」
楓はふざけた言い方で蒼をからかうように言った。僕はまた楓の優しさに助けられてしまった。「テニス馬鹿って言ったな~」二人はいつの間にかいつもの笑顔になっていた。
「それで蒼はこれからどうするの?」
「僕はまだテニスがしたい。なんならここら辺で一番強いテニスの強豪で!」
目指すならテニスの強豪校。スポーツ推薦なんてない。自分の実力で行ってやる。
「それなら、勉強頑張らないとね!私も手伝うよ!」
この日から楓の家庭教師が始まった。テニスはいったんおやすみ。テニス馬鹿がその高校に入るには今までテニスが占めていた時間を全て勉強につぎ込まないと合格は難しい。放課後はいつも二人で勉強。もちろん、僕の部屋で。毎日、毎日頑張って、二人は志望校の合格を勝ち取った。
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