第4話

中学三年生の夏。


「セブンゲームマッチプレイボール!」


チェアアンパイヤのゲームを始める声が掛かる。中学生最後の大会。二人の真剣勝負が始まった。


ここは街から少し離れた小山の上にあるテニスコート。僕は緑の人工芝のテニスコートに立っている。季節は夏真っただ中。雲一つない晴天。もうすぐ十五時になろうかというのに、灼熱の暑さとはこのことを言うのかというほどの暑さ。それでも、僕には集中と緊張でその暑さを感じることができなかった。全身から噴き出る汗によって自分が熱い場所に立っているのだと実感している。中学のすべてをテニスにささげてきた僕は今、県大会の準決勝のステージにいる。テニスコートを囲うフェンスの先には、今まで切磋琢磨してきた同級生や下級生が固唾を飲んで試合を見つめている。



「……頑張れ………」


テニスコートから少し離れた木陰から試合を見つめる女の子。誰にも見つからないよう静かに。その女の子は胸の前で右手の親指を中にして、両手で強く握り込む。テニスコートで躍動する選手よりも緊張しているように。彼の姿の全部を見逃さないように真剣に見る女の子の額にはほんの少し汗がにじんでいる。



「えやっ!」


スマッシュの音と同時に相手の声が静寂のテニスコートに響く。それと同時に僕の足は地を強く蹴った。相手の高い打点から放たれたボールは物凄い勢いを保ったまま僕のコートに弾む。素早く反応したつもりだったが、勢いの衰えないボールはラケットの先を抜けていった。


「くそっ」追いつけない自分が腹立たしい。ゲームカウントは『スリーワン』。試合の状況は劣勢と言ってもおかしくはない。でも、まだ負けていない。僕の中学のテニスはまだ終わっていない。これまでの試合の疲れが足にたまっているのを感じる。いつもより足が重たい。しかし、僕の頭はそれを理解しようとはしない。テニスコートの外の声なんて僕の頭には届いていない。



「アドバンテージサーバー」


相手はシングルスライン寄りに構える。真上に高く上がったトスは最高到達点で上昇する力を失い、ゆっくりと落ちてくる。重力によって少し加速したと同時に、待っていましたとばかりに相手の渾身の力でラケットを振りぬく。放たれたファーストサーブは勢いよく僕のコートに向かってくる。僕の足はもう動いていた。レシーブの打点を読み、力負けしまいといつもより強くグリップを握る。


「んあっ!」


次はラケットの真ん中でボールを捕らえる。レシーブと同時に声が漏れてしまう。レシーブは力負けしていない。相手のバック側に放たれたレシーブはコートの端をついたように見えた。しかし、相手はそれを読んでいたかのようにバックで構えている。追い付かれた。


「えいや!」


両手で握ったラケットが振りぬかれる。灼熱のテニスコートには、たくさんの人がいるというのに響いているのはテニスコートにいる二人の声だけ。声と言っても力を振り絞った末に漏れ出てしまった残音。『残音』それは何とも美しく、かっこいいものであった。しかし、それにも終わりが来てしまう。放たれた渾身の一打は僕のコートの端の端。僕は追い付けなかった。

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