第3話
いつもの放課後は今日も続く。
「おかえり~」
楓はいつもの定位置に座っている。
「今日は何か面白いことでもあった?」
いつもの問いかけ。僕は鞄を下ろし、着ているウインドブレーカーをハンガーにかける。「今日あった面白いことか~」心の中の僕はつぶやいていた。今日は学校へ行って授業を受けて部活して帰ってきた。特段面白かったことは思いつかない。そういえば、珍しく楓のことを担任の先生に聞かれたんだった。それに、その話を盗み聞ぎしていたクラスメイトにも根掘り葉掘り聞かれて大変だった。でも、僕にも楓がなんで学校にいけないのかは分からない。そんなことが頭の中をぐるぐると駆け回っていると、僕の頭は考えてもみない指令を出した。
「……ねえ……楓、学校行ってみない?」
指示の取り消しも間に合わず、僕の口は動いていた。楓にどんな理由があって学校に行っていないのか、僕にはわからない。それに、楓が言いたくないのならこのままでいいとさえ思っている。でも、僕の心の中のどこかに学校に行ってほしいという気持ちがあったのかもしれない。
「……いや、えっと……」
楓の顔が見れない。幼馴染の僕に出さえ、今まで何も教えてくれなかったこと。そんな簡単に話せるはずがない。体育座りした楓は膝の前で肘のあたりの長い袖を強く握りしめている。自分の部屋がまるで自分の部屋ではないように重い空気に包まれる。話題を変えようか、それともこのまま待ったほうが良いのか、慌てふためいていると、楓が重い口をゆっくりと開いた。
「……蒼は、将来の夢ってある……?」
「将来の夢?」
突拍子もない単語にびっくりしてオウム返しをしてしまった。
「そう、将来の夢。」
『将来の夢』中学生の僕にはまだ遠い未来のことであると思っていた。
(将来の夢…やっぱりテニス好きだし、テニスの選手?中学生にもなって強くなってないから無理だろうか?いや、あきらめちゃダメか?)
僕はいつの間にか考え込んでいた。右のこぶしを軽く握り、左の手首に右ひじを置き、いかにも考えている人のポーズをしている。
「あのね、私、人を笑顔にできる人になりたい…!」
「人を笑顔にできる人?」
二度目の予期していない単語にも脳が追いつかなかったため、オウム返し炸裂。でも次の返答は考え込まなかった。熱い鍋を触ってしまったときのように脊髄反射で口が動いた。
「曖昧な夢だな!」
「あー!人の夢、馬鹿にしたなー!」
二人は笑顔だった。僕は決して楓を馬鹿にしたわけではない。少しからかっただけ。でも、自分の夢を持っている楓がうらやましかったのかもしれない。
「ご飯できたわよ!」
いつもの規定ルートに乗る。階段の下からかすかに聞こえる母さんの声。楓はいつものように夕食をおいしそうに平らげ、自分の家に帰っていった。
「将来の夢…か…」
静かになった僕の部屋に僕一人。
「しまった!数学の課題、明日までだった!」
『将来の夢』僕の頭の中のその単語は明日までの数学の課題によってかき消された。
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