第2話

部活も終わって、学校から帰宅する三人。時刻はもうすぐ七時になろうとしている。今日は少ししゃべりすぎたか、なんて思っていると、僕を挟んで歩いている同級生二人は話し始める。


「そういえば、最近奥田さん来てないよね?」

「ここ二週間ぐらいずっと!」


―――


奥田さん。奥田おくだ かえでは同じクラスの同級生。黒髪ロングで色白。釣り目気味の目と端正な顔立ちはいつもメガネで隠されている。クラスでも目立つ方というわけではない。強いて言えば、目立ちたがらないタイプである。僕には関係ない……ことでもなかった。


「おまえの家、奥田さんの家の近くだろ。」

「何か知ってるの?」


そう、楓は僕の家の近くに住んでいる。近くというより隣。その距離に『近い』という言葉を使ってしまうと、遠く感じでしまうほど。窓越しに隣の様子が確認できるほど目と鼻の先だ。そのおかげで、いや、そのせいで、楓とは幼稚園から一緒のいわゆる幼馴染っていうやつだ。そんな僕でも楓がなんで学校に来ていないのか分からなかった。不思議でしょうがなかった。だって、僕は毎日、楓と顔を合わせているのだから。




「おかえり~」


自室のドアを開けると、やっぱり楓がいた。「なんでいるんだよ」楓をあしらいながら上に来ていたウインドブレーカーを脱いでハンガーラックにかける。自慢ではないが、部屋は案外広い。勉強机にベッド、本棚やハンガーラックなどがあるが、二人が入るには十分な広さだった。楓の定位置はいつもベッドの横。僕の膝ほどの高さのベッドをいつも背もたれ代わりにして座っている。


「今日は学校どうだった?」

「ふあぁ~…どうって言われても…普通だったよ。」


この会話もいつも通り。蒼の片づけが一通り終わり、蒼が勉強机に座ると今日あったことを聞かれる。蒼は気の抜けたようなあくびをしながら面倒くさそうに答えた。


「蒼、最近ちゃんと寝てないでしょ!私の部屋から蒼の部屋が電気点いてることぐらい、見えるんだからね!」

「ちゃんと寝てるよ!母さんみたいなこと言うなよ…」


楓はおせっかいだ。勉強だって楓の方ができる。でも、楓は学校に行っていない…


「で、今日の学校どうだったの?」


僕は今日受けた授業のこと、学校で起きたたわいもないことなどを話す。僕にとってはいつも通りの学校生活であるため、今日の話題を絞り出しながら話す。楓は楽しそうに聞いていた。


「ご飯できたわよ!」


この声もいつも通り。階段の下からかすかに聞こえる母さんの声。楓はいつもうちで夕食を食べていく。楓の母さんはほとんど毎日夜遅くまで仕事。そのため、楓の家には今、誰もいない。楓の父さんは僕が小学校5年生ぐらいの時に死んじゃった。母さんが「一人になっちゃうときは一緒に食べよう!」ってなって、それが今まで続いてるって感じ。




「おいしかった~」


楓は最後に残ったお茶を飲み干して言う。僕たちの座るダイニングテーブルには、空っぽになったお皿が並んでいる。楓の真向かいに座っている僕も小さく「ごちそうさまでした。」とつぶやきながら手を合わせる。


「楓ちゃんはいつもおいしそうに食べてくれてうれしいわ~」

「おばさんの料理がおいしいからじゃないですか~!」


僕は二人が話しているのを愛想笑いしてみているだけ。これもいつもの光景だった。


「あっもうこんな時間!」


スマホに目線を落とした楓が言った。


「今日はもう帰りますね!」

「今日、これから何かあるの?」

「これから見たいテレビがあるの!」


そう言い捨てながら楓はダイニングテーブから立ち上がる。それに続いて僕も立ち上がる。自分で使った皿を流しまでもっていき、楓とともに玄関に向かった。母さんも楓を見送るために玄関までくる。これもいつも通り。


「おばさん、今日もありがとう!じゃあね!」


楓は振り向き、手を振りながら言う。もう楓の足は速く帰ろうと帰路についていた。もちろん、僕への言葉はない。母さんと二人で楓が家に入るのを見届ける。隣の家なのでそう遠くもない。むしろ驚くほど近い。でも、楓は元気に走って帰る。そして、家に入る前にもう一度こちらに手を振って、家の中に消えていった。


「楓ちゃん、なんで学校行けないのかしらね…」


隣にいる母さんがため息交じりの声で言う。楓は学校に行かない理由は僕にも分からない。なにか嫌なことがあるのか。ただ単に学校へ行きたくないだけなのか。僕の目には元気な楓の姿しか思い浮かばない。


「いつか行けるようになるでしょ!」

「まあ!楓ちゃんのお母さんと言い、蒼と言い、楽観的なんだから!」


楓の母さんも楓を無理に学校へ連れて行こうとはしない。それなら、楓自身が行きたいと思うまで普通を演じる。


「楓ちゃんが行けるようになるまで学校のこと、教えてあげなさいよ!」


母さんはそうかっこよく言い捨てて家の中に入る。


「あたりまえだろ。」


僕もそのつもりだ。

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