恋歌 ~僕が推しになったのは~

河底の森

第1話

中学一年生の冬。


菅原すがわら あおは学校のテニスコートにいた。


 額には汗がにじんでいる。もう何時間やったのだろう。あたりは夜を迎えようと薄暗くなっている。相手の挙げたトスを見落とすまいと凝視して、ラケットのグリップをぐっと握り込む。「パンッ」とガットにボールが当たる音とともにボールは勢いよく僕のコートに入ってくる。ボールめがけて足に力を込めて踏み出す。僕の鼓動は速い。全身に血液が勢いよくめぐっている。僕にはそれがたまらなかった。


 父の影響で 小学三年生からテニスを始めたため、テニス歴はもうすぐで五年になろうとする。中学一年生の前半のほとんどはコートを使わせてもらえない練習ばかりのいわゆる『体力作り』で、僕には退屈だった。ようやくコートを使った練習が始まってからというもの、今までのうっ憤を晴らすかのように練習に打ち込んでいった。テニスをしている時間は何よりも楽しかった。


「もうすぐ部活終了の時間だぞ!」


 顧問の声がテニスコートに響く。気づくとグラウンドでやっている他の部活も片づけに入っていた。『今日のテニスは終わり』嫌な言葉だ。


 僕の学校の下校時間は六時半。生徒指導の先生が校門に立って生徒を追い出している。片づけをすべて終わらせて、全校生徒全員校門の外へ出なければならなかった。ボールの数を数え、テニスのネットを外す。春先にてこずっていた作業も今となっては朝飯前だ。しかし、ボールがなくなると話は別。部員全員でテニスコート全体を探す。テニスコートはある程度の高さの鉄のフェンスで囲われているため外に出ることはほとんどないが、たまに忽然とボールが消える。今日は、その日だった。


「今日はボールが一つ見つからなかった。明日、部活の最初に探すように。」

「「「はい…」」」


 下校時間の六時半が近づいても見つからなかったため、今日の捜索はこれで終了。しかし、明日の部活の時間が削れてしまう。僕にとっては致命的だった。部活の最後は部員全員で円になって顧問や部長の今日の総括を聞く。今日は部員全員のテンションも下がっているように感じた。



「先生が探しておいてくれてもいいよな!」


「ほんとそう!」叫んでいる生徒指導の先生を背に急いで校門を出た後は同じ方向の同級生のテニス部三人で固まって帰る。蒼の家は学校からそう離れていないため、徒歩での通学。学校のこと、テニスのこと、顧問の愚痴、帰り道は話が尽きることはない。


そう、僕は、今の生活が楽しかった。


帰宅中の三人。時刻はもうすぐ七時になろうとしている。今日は少ししゃべりすぎたか、なんて思っていると。僕を挟んで歩いている同級生二人は話し始める。


「そういえば、最近奥田さん来てないよね?」

「ここ二週間ぐらいずっと!」



奥田さん。奥田おくだ かえでは僕の幼馴染だ。

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