第89話





 グロリア先輩とのイベントが失敗に終わった後、狙うべきヒロインもいない私は、日常をのんびりと過ごしていた。この頃はもうイベントらしいイベントもなく、私ができることと言えば、グロリア先輩がいないうちに悪名を轟かせることだけだった。



 と言っても、前と変わらず道行く女子生徒を闇魔法で洗脳しては私に襲われたと思わせるだけだったけど。ちなみにその内容はぼかしており、ただ襲われたという事実だけが残されているという風にしている。それは、彼女たちへの配慮と同時に整合性を高めるためだった。被害を詳しくしてしまうと現実と干渉してしまう。そうならないように、上手い具合にぼかすことで、短時間で噂を広げることができていた。



 順調に私の周りからは人が離れていく、はずだった。いくら噂を広げても、懲りずに話しかけてくる人がいた。今話しているリオンもその一人であり、本当は無視するべきなのだろうが、なかなか上手くいかないのが現状だった。



「なんか、最近ルイス君、雰囲気変わったよね」

「……何が?」


 授業が始まる前の休み時間、2人で話をしていると急にリオンはそんなことを言ってきた。雰囲気? 何か変わったかな。


「うーん、何て言うか、覇気がなくなった感じ?」

「どういうことだ?」


 意味が分からず、怪訝な顔で問い返すと、それが責められているように感じたのか謝罪しながらリオンは返事を返してきた。


「ごめん、変なこと言って。でも、前までのルイス君は、こう使命感に駆られていたような、目的にひた走っていたようななんかそんな気がしてさ」


 ……言われてみれば、思い当たる節はあった。ずっとイベントを成功させるために、ゲームの中のルイスであるようにと、自分を偽りながら頑張ってきていた。それが一度なくなった気は自分でもしていた。


 グロリア先輩とのイベントのとき、自分自身の言葉で叫んだときから、その予兆はあった。私は本来そこまで頑張れる人間ではない。でも、家族のため、ヒロインのため、王国の未来のためと自分を騙してきた。そのツケが今来ていた。そう私は今きっと燃え尽き症候群になっているのだ。



「鋭いんだな」

「ふふん、そうでしょ。まあ、誰でも休憩したいときはあるもんね」


 その言葉は私の中にすっと入ってきた。ああ、誰かに肯定されるという感覚。それがどんなに大切なのか、身を以て知った。


 私の未来はもう決まっている。国外追放されてからようやく私の未来は開ける。そう考えてしまうとどうしても頑張れないから、いつもは考えないようにしている。だが、最近の私にはそれが重くのしかかってきていた。


 そこで、今の彼女の言葉だった。そうだよね。少しくらい休憩してもいいよね。もともと、そうしようとは思っていたけど、肯定されたおかげで、後ろめたさもなくなった。


 そんな風に二人で会話を楽しんでいると、乱入者が現れた。


「何を、話してらっしゃるんですか?」


 白く長い髪、間延びした声、清廉さを感じさせる佇まい。聖女、セリであった。


「せ、聖女様? どうしてこちらに?」

「そんなに緊張なさらなくて結構ですよ。ルイスさんとはお友達ですので。随分楽しそうに話していらっしゃったので、何を話されているのかなあと」


 セリも私から離れていかない一人であり、一番私の頭を悩ませている人物でもあった。リオンはまだいい、いやいいわけじゃないんだけど、まだルイスと話す人としてはましな部類ではある。しかし、聖女となれば話は変わる。良くも悪くも注目されてしまうからね。


 確か、頻度を抑えてほしいみたいなことを言ったはずなんだけど、懲りずに話しかけてくるのだ。剣術大会で借りを作ってしまったせいで、強く言うこともできないし、本当に打つ手がなかった。



 セリは意外にも、するりと私たちの会話に入ってきて、リオンも最初の方は緊張していたものの、すぐに打ち解け話し合っていた。悪役とヒロイン二人が談笑しているなんてどんな悪夢だ、と私が思っているところに、さらに状況を悪化させる人物が来た。


「ルイス。おはよう」

「……アランか。何か用か?」

「いや、用ってほどじゃないんだけど」


 そこで、アランは一旦区切ると、少し声を控えて、囁くように言う。


「例の件な、喜んでくれたよ」


 一瞬何のことだか分からなかったが、遅れて理解する。キナのプレゼントの件か。そうか、喜んでくれたのか。


「そうか。良かったな」

「ああ、ありがとうな。また、何かあったら頼らせてくれ。もちろん、ルイスも何かあったら俺を頼ってくれよな」


 爽やかに言い放つアラン。私の気も知らずに、呑気なものだ。まあ、上手くいったのならいい。複雑な気持ちではあったが、多少は罪悪感も薄れた。そもそも人の破局を願うのは、精神的に辛かった。



 まあ、それはいいんだけど、おい、なんでそんなに近くに座る? また一人増えるのか? 私の予想は当たり、アランは自然に会話に入ってきた。主人公も入ってきて、ますます状況はカオスになってしまった。なんで、私の周りにこんな人がいる? 噂知ってるんだよね? それなのにこれはおかしいじゃん。



 あっ、エリーが来た。私が助けを求めて、エリーに視線を向けると、エリーはふん、と顔を背けてしまった。ああ、待ってよ。私の願いも虚しく、エリーは遠くの席に座ってしまった。



 結局授業が始まるまで、私は皆との会話から逃れられることはなかった。もともと一人になると思っていたのに、その日はいつまで経っても来そうになかった。考えていた日常は程遠く、私は心の中でため息をついた。

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どうやらエロゲーの悪役に転生していたようなので、ヒロインたちの幸せのために原作再現頑張ります。 梨の全て @tm256

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