第88話
エリーと話して、一日が経った。一晩寝て、すっきりした。なんていうか、ようやく人心地が付いた気がする。やっぱり私は焦りすぎていたのだ。まだ卒業までには2年あるんだから、それまでになんとかすればいい。本当の意味でそう思えた。
それに、この世界はゲームではない。ゲームのシナリオ通りに行けば、そりゃいいけども、そうでなくともアランとヒロインをくっつける方法はあるはず。焦る必要はない。ゆっくりと着実に望む方向に進めていけばいい。
そんな日の放課後、アランから相談を持ち掛けられた。人に聞かれたくないとのことなので、人けの少ない場所を移動した。一体何を相談されるのか。もしかして、グロリア先輩とのことを糾弾でもしてくるのか? それならそのときに乱入してくれれば良かったのに。いろんなことが頭を過ぎったが、どれも当たっているようには思えなかった。
「実はな、プレゼントに迷っていてな」
「プレゼントだと? 誰にだ」
「キナだ。そろそろキナの誕生日なんだよ。でも、村にいたころは子どもは俺ぐらいだったし、渡す相手もいなかったから何を渡せばいいか分からないんだ」
どうせそうだろうとは思っていたけど、やっぱりキナか。最近アランとキナの距離が近いと思っていたんだよな。前は、リオンも一緒にいたりしたこともあったけど、今は二人でいる時間の方が多いように思える。そのせいか、リオンが私の方に来るという弊害が生まれてしまっている。
えっ、もしかしてもう付き合ってたりする? いや、まさかな。アランは主人公だぞ? ヒロイン以外の子とくっついたりするわけないよね。で、でも一応聞いてみようかな。
「……もう付き合ったりしているのか?」
「あ~、ルイスになら言ってもいいか。そうだ、夏休みにキナから告白されて付き合うことになった」
……マジ? 本気で言ってる? いやあの顔はマジだ。あの祭りのときも二人でいたしな。はあ~、マジか~。
ま、まあいい。まだ2年もある。こんな高校あたりの年齢なら、昨日くっついたと思ったら、今日離れたとかザラにあるからな。……あるよね? 私は経験ないから分からないけど。
そうだ、ここで焦ったところで何にもならない。大丈夫、どうせ1年かそこらで別れる、そうに決まっている。自分にそう言い聞かせた。
「なあ、どうして俺に相談しようと思ったんだ?」
「え? だって、ルイスは彼女がいるだろ? ほら、あの生徒会長さん。だからセンスがいいと思ってな」
ん? 私がグロリア先輩と? 何言ってる? そんな噂聞いたことないぞ。どこをどう勘違いしたらそうなる?
「……いや、別に彼女とは付き合ってないぞ」
「えっ? じゃああの時なんで?」
……なるほど、それでか。あの場面を見て、よくそう思ったな。いや、私が悪いことしていないと思ったらそういう解釈にもなるのか?
「……あれは、彼女とは話をしていただけだ。生徒会長は暑がりだからああしてたまでだ」
「えっ、いやでも、あのときは結構涼しかったと思うけどな」
「おい、相談はいいのか?」
これ以上あのときの話をしてほしくなかった。ここ最近の私の黒歴史ナンバーワンの座を欲しいままにしているからだ。無理やり話を切り上げると、アランは思い出したように言う。
「あっ、そうだった。付き合ってから初めての誕生日プレゼントだから、変なやつを渡したくないんだ。なんかルイスは偉い貴族なんだろ? ならセンスもいいだろ? 何かいい案ないか?」
ふう、とりあえず、話はそらせたようで良かった。ところで、アランよ。偉い貴族って感覚はあるのに、その接し方で本当にいいのか、お前? そりゃ、アランの魔力量とか身のこなしのことを考えれば、下手な貴族よりよっぽど価値があるかもしれないけど、こちとら天下の公爵家様ぞ? 具体的に言えば、王族の一つ下の爵位で、実質的な貴族の頂点ぞ?
まあ、そんな爵位なんかにとらわれず、誰とでも等しく接する姿が、きっとヒロインたちの心を掴むんだろうな。ぜひとも、そのコミュ力はヒロインたちに発揮していただきたい。
って今は、そんなことはどうだっていいんだ。プレゼント、プレゼントか。何が良いだろうか? いや、何なら悪いだろうか? 少し悩んだ後、私は都合の良いものを思い付いた。
「ハートのネックレスとかどうだ?」
私の提案にアランは吟味し始める。それは、人が目の前にいるときにやるべきことではないと思うが、恋人のために考えを尽くすのは、実直なアランらしいとは思った。
この世界も前世と同じようなマークがいたるところで見受けられる。未だに前世とのつながりは分からないけど、元がゲームの世界なんだから当然と言えば当然だけど。
ハートのネックレス。これは、女の子へのプレゼントとしては少しリスキーだ。そこまで主張しないものならまだいいが、思いっきりハートが前面に出ているものは少し子どもっぽい。
ダサいかダサくないかは賛否が別れるところだと思うが、女子なら皆ハートが好きでしょ? って感じで来られたら嫌ではあると思う。きっと好きな人からもらうプレゼントならなんでも嬉しいと思うけど、それでも自分のことを考えて選んでくれた方がより嬉しいのは確かだ。
いや、前世にはそんな相手いなかったけど。……とにかく、そうやって安直に選ばれたとしたら悲しい気分になるはず。
他意はない。他意はないけどね。あわよくば、二人が不仲になってくれれば、と思う。我ながら本当に酷い仕打ちだと思うが、それでも私なりに些細な抵抗をしたかったのだ。
アランはうんうんとうなり、散々人を待たせた後、ようやく口を開いた。
「ハートのネックレスかあ。確かにいいかもしれないな! 俺の気持ちも伝えられるし、何より可愛いからな」
「……そうだな」
アランの言葉を聞いて、こんな純粋な奴を騙したことに心が痛んだ。満面の笑みでこちらを見るアランに目が合わせられなかった。
「ありがとう。やっぱりルイスに相談して良かったよ」
「どういたしまして。上手くいくといいな」
「ああ」
アランは最後まで、良い笑顔でこの場を去っていった。一人残された私は、良心の呵責に苛まれていた。いつもの悪役ムーブとは違う、シナリオにはない私自身が行った悪事。その事実が私を苦しめる。
いつもの悪行は良かった。それが、きっとヒロインたちの幸せにつながっていると信じ込めたから。でも、今回は違う。私の目的のために、アランたちを不幸にするかもしれない悪行だ。
これからはきっとこういうことが多くなる。早く慣れなきゃ、と理性では考えられるものの、感情は追いつきそうになかった。せめてもの償いに、と心の中でアランたちの幸せを願った。
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