第87話






 あああ、なんであんなことしちゃったんだろう。一晩経ってから自分の仕出かしたことのやばさに気づいてしまった。こんなことなら、いっそのこと気づかなければ良かった。もう最悪。


 習慣化されているせいで、一応学校には来たもの本当は家に引きこもっていたかった。マジで何やってんだ、私。


 今まではまだ大丈夫だった。ルイスを演じていたから、何かあったとしても精神を保っていられた。でもあのときは、完全に私だった。そのせいで、恥ずかしくて死にそうだった。今すぐにでも記憶をなくしたかったけど、無駄に高性能なルイスの脳はあのときのことを鮮明に覚えてしまっていた。


 はは、ははは、はははははは、——はあ。乾いた笑いしか出てこない。失敗しただけならまだ良かった。だけど、あのときは完全に化けの皮が剥がれてしまった。グロリア先輩に追及されたらどうする? というか、あれで解決できたのか? ああ、もう、なんでこうも上手くいかないの!






 昼になっても、恥ずかしさは変わらず、むしろ時が経つにつれどんどん強まっていき、悶え苦しんでいると、そんな私にエリーが近づいてきた。


「ルイス、今話せるかしら」


 作戦の成否を聞きたいのだろう。関わったものとしてそれは当然の権利であり、私に断る権利はなかった。


 ひとけのない場所に移動し、秘密の話を始める。少し前の私なら、悪役らしくてかっこいいだなんて、テンションをあげていただろうが、今はそういう気分にはなれなかった。


「ねえ、ちょっとさっきから大丈夫?」


 流石に様子がおかしかったのか、エリーから心配されてしまう。ああ、いよいよやばいな。


「大丈夫に見えるか、これが」

「……そうね。悪かったわ」


 貴重なエリーの謝罪だったが、それを気にできるような心境ではなかった。


「はあ、その調子じゃ失敗したわけね。折角私も協力したというのに」

「……面目ない」

「それで? 生徒会長がいなくなったのも貴方のせいなのかしら?」

「は?」

「そのままの意味よ。今朝、彼女は学園に申し出て、長期の休みを取ったそうよ。今頃は領に向かう馬車の中でしょうね」



 は? マジで何それ? 知らないんだけど。原作には、こんなタイミングで領に戻るルートなんてなかった。いや、確かに一旦領に帰ることはあった。でも今じゃない。確かそれは冬休みだったはず。しかも、それはアランと一緒に解決策を持ち帰ったからだ。何で今? もう知らない、分からないよ! 全然ゲームと違う展開になってるし、どうすればいいわけ?


「知らない。もう何も知らない」

「はあ、どうしたのよ? 何があったわけ?」


 エリーには悪いが、もう何も考えたくなかった。少なくとも立ち直るにはもう少し時間が必要そうだった。ぐだぐだと時間を浪費していると、そこに例の人物が現れた。


「あっ、ルイスたちじゃないか」


 こちらに気づいたアランは小走りで駆け寄ってきて、会話に参加しようとしてくる。何もかもが計画通りにいかない。もうどうにでもなってしまえ。


「エリザベートさん。昨日のことなんだけど、俺を呼んでるような人は誰もいなかったぞ」

「そう。相手が恥ずかしくなって、いなくなってしまったのかもしれないわね」

「そうか。いや教えてくれたのに、会えなくて悪かったと思ってさ。そういうことなら仕方ねえか」

「ええ。気にしなくていいわ」


 すごいな、エリーは。すらすらと流れるように嘘をつくじゃん。はあ、私もそんな風になりたいな。常に冷静さを保ち、淡々とやるべきことを為す。この世界が乙女ゲームだったら、きっと悪役令嬢だった彼女は、今の私にとってとても輝かしいものに見えた。


 そんな現実逃避をしていると、アランは私にも話しかけてくる。


「後、そうだ。ルイス、ちょっといいか?」

「……なんだ?」


 そう言ってアランは私に近づき、エリーに聞こえないように小さな声で言う。


「相談したいことがあるんだ。後で聞いてもいいか?」


 相談だと? 何を相談したいんだ? 私だって相談したいわ。どうしたらヒロインと付き合ってくれますか、って。というか、主人公に相談される悪役って何? どこをどう間違ったらそんな関係になるわけ? ——はあ、せめてキャラがぶれないように答えるしかないか。


「今じゃだめなのか」

「いやあ、エリザベートさんがいるとちょっと」


 なんだ、それ。まあいいや。なんでも好きにしてくれ。


「好きにしろ」

「ホントか? ありがとう」



 ああ、いいから。お前がその笑顔を見せる相手は私じゃないだろ? そうは思っても、口に出すことは出来ず、思考は思考のまま消えていった。そうして、アランは『じゃあ、俺は行くから。また邪魔して悪かった』と言い残して去っていった。



 再び二人きりになったところでエリーが口を開く。


「貴方のそういうところがいけないのではなくて?」


 ぐうの音も出なかった。こんな関係になってしまったことはミスだとは思っていたが、どこで選択肢を間違えたのか、皆目見当もつかなかった。第三者にそれを指摘され更に落ち込んでいると、エリーは次の計画について聞いてくる。


「で? これから何をするわけ?」

「いや、もう何もできない」

「……今回失敗したなら、また別の誰かを狙えばいいでしょ?」


 私もそうしたかったが、如何せんどうしようもなかった。残っているヒロイン候補は、もはや後輩キャラの2人しかいない。一応今まで失敗したヒロインたちをまた狙うことはできるけど、覚えているかぎりでは、ルイスが関わるイベントはない。


 そもそもルイスが能動的に関わるイベントはヒロインと出会う初めの方だけで、後は主人公とヒロインがイチャイチャしているところを邪魔する程度だから、本格的に打つ手がないのだ。はあ、何もしなくてもヒロインのうちの誰かとくっついてくれないかなあ。



「とりあえず、2年に上がるまでは何もしない」

「……そう。まあ、貴方がそう言うなら」

「うん。また、何かあったらこっちから頼むからさ。今回はありがとうな」

「ええ」




 エリーは少し不満げな表情を浮かべていたが、それで納得してもらい、今日はここで解散した。1人になったその場所で私は大きく深呼吸をし、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。



 もしかしたら私が何もしない方が良いのかもしれない。そんなことを考えてしまうぐらいには最悪な精神状態だった。……いや、一旦そうしよう。ちょっと自分を追い込みすぎていた。せっかく生まれ変わったっていうのに、全然それを楽しもうとしてなかった。



 まだ魔王の復活ゲームのエンディングまでは時間がある。それまでにアランとヒロインをくっつけさせればいいだけなんだから、焦ることはない。そうだよ、そんな簡単なことに何で気づかなかったんだろう。今は少し休憩して、またいつかチャンスのあるときに仕掛ければいい、それだけじゃないか。



 そうだよ、私はポジティブなことだけが取り柄なんだから、落ち込むなんて私らしくもない。これからのために、今は少し休むとしよう。そう決意したころには、さっきまでのネガティブな気分はどこかへ吹き飛んでいたのだった。

















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