第85話
「ルイス! それに、えっとグロリア先輩まで。ここで何してるんだ?」
アランは部屋に入るや否や私に質問してきた。まあ、客観的に見て薄着なグロリア先輩とそれを眺める私というおかしな状況、混乱するのも無理はないか。欲を言えば、入ってきた時点でグロリア先輩が襲われていることに気づいて、助けに行ってほしかったところだが、それは望みすぎといったところか。
まあいい、ようやくここまでたどり着いた。後は消化試合といってもいい。正義感の強いアランなら、状況を飲み込めさえすればすぐにでもグロリア先輩を救いに行ってくれるはず。私はそれまで悪役ムーブを続ければいいだけだ。
「何してる、か。そうだな、なんと言えばよいか。……まあ、契約を履行していると言ったところかな」
「契約?」
「そうだ。くふふ、まあ別に悪いことをしているわけじゃない。合意のもとだ。なあ?」
空気となっていたグロリア先輩に話を振れば、苦い顔をして『そうだな』と肯定を返してくれた。いいリアクションだ。領民を人質に取られているグロリア先輩から助けを求めることなんてできない。だからアランが首を突っ込むしかない。
ここまで来たら何をすべきかもう分かるでしょ? ほら、早く、正義の味方のごとく助けに入ってくれ、頼むから。しかし、その願いは叶うことなく、返ってきたのは『そうか』という淡白な答えだった。
そうか、……そうか、だと? だからなんでさっきからそんなに冷静なの? もっと怒りなよ。私が言うのもおかしな話だと思うけどさあ、こんな悠長に話すような状況じゃないと思うよ、まじで。
「なあ、二人のうちどっちか俺を呼ばなかったか?」
「なんだ急に? 別に呼んでないが」
「ああ、私もだ」
「まあ、そうだよな」
急に不思議な質問を繰り出したアランは、私たちの答えに一人だけ納得したような顔をして頷く。意味が分からない。
「どうしてだ?」
「ん? ああ、何か知らないけど誰かが俺を呼んでるって言われてな。よく分かんないけど、とりあえず来たって感じだな」
なるほど。エリーはそう言う感じで呼び寄せたのね。まあ、来てくれたからなんでもいいけど。そんなことはどうでもいいんだ。ほら、早く助けに行くんだよ、今すぐに。しかし、そんな私の心を知らないアランは能天気な顔で言い放つ。
「まあ、2人が俺を呼んでるんじゃないならいいや。邪魔して悪かった。じゃあな」
はっ? えっ、ちょっと待って。な、何してるの? えっ、本気で帰るつもり? この状態の先輩を置いて?
「おい! 待てって」
「どうした?」
「いや、どうした、じゃなくて! もっと、何かこう、言うべきことがあるだろ⁉」
「……そうだよな。ルイス」
そう、それでいい。はあ、焦ったよ。ここまで来て、失敗することなんて許されない。ちょっと不自然になってしまったが、致し方あるまい。アランが助けに入ってくれなければ何も始まらないんだから。私はどこか安心した気持ちで、続くアランの言葉を待っていた。
しかし、現実は無情だ。
「あんまり、誤解されるようなことはしない方が良いと思うぞ。じゃあな」
は? ……は? 何を言ってるんだ、こいつ。あまりに意味の分からなすぎて思考がまとまらない。
あんまり誤解されるようなことはするな? いやがっつり悪事を為してますけど? もしかして、気づいてない? 婉曲に言い過ぎたか? いやでも、悪役ってそんな感じだよな。ってかそもそも、状況からして明らかにおかしいじゃん。
はっ、まさか、恋人同士だとでも思ったのか? だから合意のもとでこんなことしてると? だとしたら、私がもっと直接的に悪だとアピールしないと。しかし、私が正常な思考を取り戻したころにはアランの姿はどこにも見えなかった。
「随分信頼されてるんだな?」
「……みたいだな」
くそっ、やっぱり、アランと仲良くなったのが……いやそんなに仲良くはしてないな。そりゃちょっと接する機会は多かったかもしれないけど、信頼を獲得するほど仲良くはしてないはず。なのにいつ得たのかも分からない信頼のせいで、失敗したのだとしたら最悪としか言いようがない。
そんなことを考えていたら、グロリア先輩がシャツに手をかけて……。
「待て待て、ストップ」
「何だ?」
どうしてそんな何事もなかった感じで脱ぐのを再開しようとしてるの? しかもなんで止められるのが意外みたいな顔してるの?
「続けなくていいのか?」
その通りだ。だって、アランが助けてくれなかった時点で、もう計画は失敗してるんだから、もうそれをする必要がない。そもそも計画に関係ないところでヒロインたちに傷をつけたくない。だけど、急にそんなこと言っても、怪しいだけだ。ちゃんとグロリア先輩も納得できるだけの理由を探さないと。
「……興が冷めた」
「興が冷めただと? ……じゃあ、どうすればいい? どうしたら領を、家族を助けてくれる?」
考えた理由は一瞬で意味をなさなくなった。そうだよね、先輩からしたら死活問題だもんね。覚悟を決めたのに、じゃあなしで、なんて受け入れられるはずもない。ただ、私も私で計画の失敗で、これ以上何も考えたくない。
「……知らない」
「なあ、頼む。私にできることならなんでもするから」
なんでもするとか軽い気持ちで言っていい言葉じゃないでしょ。私が悪いやつだったらどうするの? いや、グロリア先輩には覚悟があるかもしれないけど、正直そんなのもらっても困るし、ってかもう、もう!
「ああ、もう! なんで上手くいかないの!」
思わず、抑えきれなくて大声を上げてしまった。あまりにも唐突な豹変ぶりに被害者であるはずのグロリア先輩からも『大丈夫か?』と心配されてしまったが、もう止まれなかった。
「大丈夫じゃないよ! あれだけ、考えて準備したのに、失敗ってどういうこと⁉ っていうか、そもそも紅茶だけに頼った経済なんていつか破綻するに決まってるじゃん。他に産業がないなら農作業の少ない冬にできることを考えて、領民にさせればいいだけの話でしょ! それにただ茶葉を売るんじゃなくて、自分の領で加工してから売りなよ! ケーキとかスコーンとか作ってさあ。そもそもブランドで売ってたら不景気のときに売れないのは分かり切ってることでしょ!」
はあはあ、一息で言ったせいで、息が乱れてしまうが、思ってたことを全部口に出せば、多少はすっきりした。何も上手くいかないし、もうどうでもいいや。
「はあはあ。もういいや。……何ぼさっとしてるの? 早く服着ないと風邪ひくよ。もう俺は行くから」
後ろからグロリア先輩の呼ぶ声がするけど、一切無視してそのまま帰る。何も考えたくなかった。また、失敗。折角エリーにも手伝ってもらったのに、今度も失敗。ねえ、もうどうすればいいの? 何も分からないよ。未だ冬は来ないというのに、吹きすさぶ風はどこまでも冷たかった。
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