第82話
剣術大会が終わり、4日が経った。私は空き教室で一人、考えを巡らせていた。今回は上手くいく、なぜだか分からないけど、私にはその確信があった。あの剣術大会での目的は十分に果たせたはず。
セリが私の腕を治しに来るというアクシデントこそあったものの、大局的に見れば全く問題ない。ようやく、ようやくゲーム通りに進行できる。これまでの失敗を鑑みれば、喜びもひとしおというものだった。
あの後、原作通りアランとグロリア先輩による決勝戦が執り行われた。見る者全てを魅了する、白熱した試合が繰り広げられていたのは記憶に新しい。アランの剛腕による猛攻を物ともせずに受け流し、虚実織り交ぜた攻撃で、グロリア先輩が終始ペースを握っていたように思える。
最後はアランの反応速度を逆手に取り、かすかに切り込む姿勢を見せ、アランが防御したところを本命の下からの攻撃で叩き、剣を弾き飛ばした。圧巻の技巧は、流石はグロリア先輩といったところだった。
ただ、アランが剣を始めたのは高等部に入ってからで、それまでは農作業で鍬を振り回す生粋の農家?だったので、剣に触れる機会はなかった、とどっかのルートのときに語っていた。つまりアランは剣を握って半年程度で、決勝まで駒を進めたということになり、その潜在能力は底知れないものがある。まあ、そうでもないと魔王なんて倒せないのだから、ぜひとも
さて、終わった大会の話はこれくらいにして、これからのことについて考えよう。まず、グロリア先輩と接触することには成功した。一週間後に話をつけるところまでいった。グロリア先輩、というか貴族なら誰でも自分の家の情勢くらい一週間もあれば調べられる。あのときからルドベック領の財政は改善していないので、責任感の強いグロリア先輩なら必ずその場に現れてくれるはずだ。
あれ? どこに集合するとか私言ったっけ? ……言ってない気がする。いやいや待て待て、こんな凡ミスで終わりたくないよ、流石に。一週間後すれ違って会えませんでした、なんてことになったら目も当てられない。……大丈夫、落ち着いて考えよう。何か手はあるはず。
——そうだ、いつかのときみたいに誰かにメモを渡してもらえばいいんじゃない? その程度のことなら闇魔法を使ったことがばれたとしても問題はないし、当日に知らせることで相手に準備をさせないというメリットもある。よし、これで大丈夫。
ふう、危ない危ない。危うく計画が最初から頓挫するところだったよ。忘れずに当日、グロリア先輩に場所を書いたメモを渡すとして、後は……。そう思いを巡らせたとき、ガラガラと引き戸が開かれる音がした。ちょうどいいタイミングだ。
「待たせたわね。それで、話って?」
扉の奥から現れたのは、私の婚約者であり、計画の協力者でもあるエリーだった。今回の計画には欠かせないので呼んでおいたのだ。
「計画を実行するときがきた」
「計画? ……ああ、あのルドベック生徒会長を脅すとかいう」
「そう。だから、エリーには3日後アランを指定の場所に向かわせてほしい」
私がそう頼むも、エリーは苦い顔をする。確かに、エリーも別にアランたちと仲がいいわけでもないから難しいのかもしれない。しかし、それでも私はエリーに頼むしかなかった。
「頼む。エリーしか頼れる人がいないんだ」
エリーがだめだと、キナや誰かを闇魔法で操って、アランを誘導しないといけない。アランには闇魔法が効かないから、間接的にするしかないのだ。アランたちがいる場に居さえすれば、できないこともないだろうけど、そのとき私はグロリア先輩と対峙しているはず。だからこの方法は難しい。できることならエリーに頼みたかった。
エリーは、しばらく悩んだ後、『分かったわ。なんとかしてみる』と心強い言葉を返してくれた。エリーは一度言ったことは違えない信念の持ち主なので、やると言ったらやってくれるはず。これで、作戦は成功したも同然だ。
前世では、悪役たちがどうして高笑いするのか分からなかったけど、今なら分かる気がする。いや、こういうときこそ気を引き締めないと。何度油断して失敗したことか。今回こそは成功させなくちゃ。
「そう言ってくれて助かるよ。じゃあ、話はこれで終わりだから、もう帰ってもらって構わない。ありがとう」
「ああ、その……」
「ん? 何か用があった?」
「いえ、用というほどではないのだけれど」
うん? 何だかいつになく歯切れが悪いな。どうしたのかな、と思いつつエリーの発言を待つ。エリーは、何度か話すか否か、逡巡していた様子だったが、ついに心を決めたのか、しずしずと口を開いた。
「8位になれて良かったわね。一応褒めてあげるわ」
8位? ああ、剣術大会のことか。そう言えば、記録的には8位なのか。順位とか全然気にしてなかったから覚えてなかった。にしても、エリーもそういうの見るのか。少し意外な気もする。
「見てたのか?」
「……一応ね。ほら、有望な人材は見ておこうと思って」
なるほど、そういう理由で。将来上に立つエリーらしい視点だな。まあ、でも納得はできる。まあ、まさか私を見るために見たわけじゃないだろうし、剣術大会が終わってから始めての会話だから、話題に上げてくれたのだろう。
「そっか。まあ、8位なんてたいしたことでもない。彼女に当たるまでは弱い相手ばかりだったからな。組み合わせが考慮されていたんだろう」
自分でも忘れそうになるけど、私は公爵家の一員だからね。自分で言ってて悲しくなるけど、そういうのも当然あるだろう。でなければ、私なんかが8位まで上がれるはずがないからね。
「そんなことはないと思うけど」
「えっ?」
「なんでもないわ。——そう言えば、あのときの怪我は大丈夫なのかしら? かなり痛そうにしていたけど」
「ん? ああ、それはセリに治してもらったんだ」
私が安易にそう言った瞬間、その場の空気が変わった。さっきまで、和気藹々とまではいかないにせよ、良い感じの雰囲気だったのに、今は一触即発といった感じだった。何か変なこと言ったか、と内心思っていると、エリーは低い声で言った。
「……何をしているの? 距離を置くんじゃなかったの?」
「そ、そうなんだけど、セリが急に来て、そのままなし崩し的に」
呆れた様子でため息をつくエリーに私は返す言葉もなかった。いや、途中までは私も頑張って拒否してたよ? でも、ネイビーまで敵に回られて、体を押さえつけられたらもう抵抗できないじゃん? 腕痛かったし。そんなことを思っていると、エリーは私の目の前に指を突きつけてきた。
「いいこと? 貴方は私の婚約者なのよ? だったら、それに相応しい行動を取りなさい」
「……じゃあ、これはいいの?」
「本当はしてほしくないに決まっているじゃない。でもよく分からないけどする必要があるのでしょう? なら仕方ないわ。今回の件は、もしばれたとしても、彼女の家を支援しようとしていたとでも言っておけばなんとかなるでしょうし、結局彼女には何もしないのでしょ?」
「まあ、はい。そういうことになるかと」
エリーの剣幕に無意識にへりくだってしまう。私が肯定したのを見届けてエリーは結論づける。
「はあ、なら許してあげるわ。これからも何かするなら、私に連絡なさいよ」
「……分かった」
実際どうするかは分からないけど、とりあえず頷いておく。これからは本格的に悪いことをする必要があるから、要望には応えられない。はあ、分かっていたことだけれど、エリーの協力も今後は難しいかもしれないな。
そうしてエリーは『ゆめゆめ忘れないように』と言い残して、行ってしまった。残された私は、エリーもいろいろ考えているんだなと失礼にもそう思った。そりゃそうか、私はどうせ破棄される婚約って知ってるけど、エリーはそうじゃないもんね。
ゲームではルイスとの婚約がなくなったエリーは、晴れて自由の身になる。ルイスの悪行がばれているので、エリーには同情の視線はあるものの、エリーが傷物だといった風潮はなかったはず。エリーはルイスなんかと結婚するより、ずっといい相手がいるだろうから、そんな相手と幸せになってほしい。
まあそれもこれも計画が上手くいってからだな。1人残された私は、計画に穴がないか、細かいところも確認していくのであった。
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