第80話








 優勝は、グロリア・ルドベックだーー!


 司会がそう叫んだ途端、観客はにわかに沸き立ち、大歓声がコロシアムを包み込む。張り詰めた空気が空に消え、体中に巡らせていた緊張を解く。ほう、と意図せずして間抜けた息が口を通った。


 つい先刻まで剣を向けていた相手に、手を差し伸べて健闘をたたえ合う。最後は、私が彼の剣を弾き飛ばしての決着だったが、決勝にふさわしい試合だったように思える。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、いい試合ができた」


 かねてよりの念願あるいは、通常運転を果たしたものの心の内は晴れないままだった。一画をある人物に占拠されていた。ルイス・ロベリヤ。王国に三つしかない公爵家の一つであるロベリヤ家嫡男でありながら、その名は悪行にまみれていた。


 彼のこと自体は随分前から話題となっていた。彼が闇属性だということが判明したとき、すぐにそのことは知れ渡った。箝口令を敷かなかったのは、いずれ世に出るのだから必要ないと判断したのだろう。いかに直系の男児と言えどあの闇属性だ、秘密裏に処理しなかったのは、ロベリヤ家の人徳の高さの現れか。


 しかし、彼自身の噂を聞くことはほとんどなかった。彼は自領地に戻ってしまったがゆえに、社交の場には姿を現さなかったためだ。婚約者のこともあり、ロベリヤ家やサンセマム家の派閥のパーティには出ていたそうだが、王都にいた私は彼に直接会うことはなかった。


 さらに、その噂自体も彼の言動から生まれたものではなく、彼が闇属性であるために恐れ、勝手に決めつけていたものが大半だった。ゆえに、学園に入ってきた際には彼が不当に貶められることはないよう気を配るつもりだった。


 流れが変わったのは彼が学園に入学してからだった。彼の学年は2つの公爵家、さらに聖女と影響力のある人物が集まっており、例年よりも注意して情勢を探っていた。その矢先、ある噂が私の耳に入ってきた。彼が女子生徒に手を出したというのだ。


 本来公爵家たる彼の不祥事が噂されるというのはあり得ない。貴族、さらに公爵ともなれば、身の振る舞い方に注意するはずであるし、そういった悪事を秘密裏に行うことも学ぶだろう。それに被害者であっても、軽はずみに噂でもすれば、その後何が起きるか分からない。


 にもかかわらず、一度出た噂は収まることなく、むしろ広がる一方だった。そうなれば、生徒会としても黙っているわけにはいかず、捜査を開始した。しかし、捜査は難航した。数多の証言は出てくるのだが、証拠は一切発見できなかった。


 多くの被害者がいるというのに、証拠はない。異常な事態だった。示し合わせて嘘をついていた方がまだ信じられるというものだが、彼女らがそうする理由がない。それに、嘘をついているようなそぶりも見えなかった。


 私はルイス・ロベリヤに対する疑念をどんどん深めていった。もしかして、闇魔法によって、全ての証拠を消しているのでは、と。証言だけでは、公爵家である彼に危害は及ばない。それをいいことに、我々を欺き、嘲笑い、神聖な学び舎を汚しているのだと。


 聖女の事件もその疑念を深める一件だった。悪事の証拠は出ず、聖女との仲は良いものに見えたが、それを素直に信じることはもはやできなかった。会長としての立場上、人前では彼を糾弾したが実際に彼が悪人なのかは分からなかった。疑念が確信に変わることはなく、さりとて消えることもなかった。




 目の前にいる彼の、確かアランと言ったか、剣筋は素直なものだった。搦め手などは考えないまっすぐな太刀筋は、彼の性格を伺わせた。剣さばきや足の運びからして剣を初めてそこまで経っていないと思うが、それを膂力と反応速度で支えている。



 では、ルイス・ロベリヤの剣はどうだっただろうか。彼の噂に踊らされて、色眼鏡で見ていたことは認めよう。だが、そうでなくても驚いていたかもしれない。彼の剣は相応の努力に裏打ちされた綺麗な剣だった。怠惰に見えるその体型からは想像もできないその剣捌きは称賛に値するものだった。



 噂に聞くような悪辣さは感じられず、むしろその心は……。分からなくなっていく一方だった。彼は本当はどのような人物なのか。途中柄にもなく、彼と会話を始めてしまった。少しでも彼の心の内を知りたかったのだ。それでも分からない。だが、その言葉がのどの奥にささった魚の骨のように、離れていかなかった。



 私が深い思考に囚われているうちに、表彰式は終わっていた。













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