第78話
熾烈な戦いの合間に差し込まれた一時の休戦。一応構えは解かずに、思考の9割を会話に移す。グロリア先輩も、観客への建前か、剣を降ろさずにいるもののその剣先に意思はないように見えた。
「それは光栄だな。——それで? 剣を合わせて何か分かったか?」
息を整えて、あくまで余裕そうな態度を見せる。バレバレの演技だろうが、しないよりましだ。そうして皮肉を込めて聞くも、彼女は怒ることなく誠実に答えてくれた。
「分かったことか……いや、ますます分からなくなったよ」
「ほう?」
「私が調べた貴様、いや君の印象とあまりに乖離しすぎていてな。私としても混乱しているんだ」
なるほど、噂に聞く私と剣を合わせた私、どちらが本当か分かりかねていると。まあ、実際に悪事に手を染めたことはほとんどないからなあ。おかしなことになってしまってるんだろうな。はあ、やっぱり何かしら手を打たないと。
まあ、それは今考えることではないな。一応どんな噂を把握しているのかだけ聞いておくか。
「参考までに聞いておきたいのだが、その印象とは何かな?」
「……気分を害するぞ?」
あくまでこちらを心配する体のグロリア先輩。やっぱりちゃんと噂は機能しているようだ。それはそれとして、その言い方では意味がないよね。皮肉かな? いつも直球で話してくるイメージだったから、皮肉を言うなんてびっくりしてしまった。
「答えを言っているようなものだがな」
「……すまない。口が滑った」
えっ、本気で言ってたの? わざとじゃなくて? 流石にそれはないだろうと思ったが、その顔を見れば分かった。少し恥ずかし気に頬を赤らめた様子からして本当に間違えてしまったみたいだった。確かにゲームでも少しポンコツ気味なところがあったな。そこもまた彼女の魅力なんだけど。
なんか微妙な空気になっちゃったな。いや今なら主導権が握れるか。ここで仕掛けよう。
「グロリア・ルドベック。貴殿に伝えなくてはならない事実が一つある」
がらりと空気を変える。先ほどまでの馴れ合いのような雰囲気は鳴りを潜め、グロリア先輩は怪訝そうな顔を見せた。
「何だ?」
「貴殿の家、今大変なことになっているそうじゃないか?」
「……何の話だ? 揺さぶりでもしているつもりか?」
どうやら信じていないようだった。無理もない、急にこんなことを言われたら疑ってかかって当然だ。そもそも今信じてもらうつもりはないし。
「まあ信じるも信じぬも貴殿次第だ」
自信を持って話す私の姿が不気味に見えたのか、目を細めて睨みつけるようにこちらを見るグロリア先輩。そう、それでいい。私は悪で貴女は正義、そうあるべきなんだ。私の心なんて気にしなくていい。
「意図はなんだ? 降参してほしいのか?」
「いや。その必要はない」
「じゃあ、なぜ!」
意味が分からないとグロリア先輩は声を荒げた。それに、一向に試合が再開されないので、観客も痺れを切らし、だんだんと怒号が響いてきた。ここら辺が引き際だろうな。
「いや、本当に何もないんだ。ただ、そうだな。もしも貴殿が助けてほしいと考えるなら一週間後、誠意を見せてくれたらそれでいいんだ」
「ふん、戯言を」
「そう思うならそれでいいさ」
もうこれ以上戯言に付き合う気はないと、グロリア先輩は剣を握りなおし、確かな意思を持ってこちらに向けた。その目は憤怒と侮蔑に彩られていた。すくみあがってしまいそうな心に蓋をして、これでいいと言い聞かせる。作戦の第一段階はクリアだ。後は負けるだけでいい。私も自分を奮い立たせ、剣を構えた。
再開した試合は更に一方的なものとなった。先ほどまでは手を抜いていたのか、一気に苛烈になった攻撃にじわじわと追い詰められていく。目の前の先輩の顔は、さっきよりもずっと無表情で、それなのに怒りがひしひしと伝わってきた。
きらりと、何かが目に入り私は思わず目を閉じてしまう。それは先輩の剣が陽光を反射したものだった。気づけば、私の剣は高く弾かれてしまった。その隙を逃さず、先輩は私の無防備なお腹を切りつけようとする。
ああ、負けたか。スローモーション染みた光景の中、私はそう自覚する。まあお腹なら綿もあるし、……いや、それはまずくない? お腹はだめでしょ。綿を入れていることに気づかれちゃうじゃん。私は咄嗟の判断で剣から左手を離し、その横なぎに左腕を滑り込ませる。
刹那、ズッ、という低く嫌な音が骨から響いて聞こえてきた。良かった、間に合ったみたい。そんなことを思う暇もなく、すぐに鈍い痛みが私を襲う。遅れて、打たれた左腕が熱を持つ。これは折れたかも。それでも泣きわめくことはできない。無事な右手で患部を抑えながら、立ったまま審判の判定を待つ。
そうしてグロリア先輩の勝利を告げられた瞬間、場内は歓声で溢れかえった。はあ、はあ、これはまずいな。大分辛くなってきた。正直言って倒れ込みたい気分だった。それでも、なんとか持ちこたえ、グロリア先輩の方に近づく。彼女は私を警戒しつつ、それでも怪我が心配なのか、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
「では、一週間後。良い選択を期待している」
「ちょっと待て」
引き留める声を無視し、私は控えに戻る。種は撒いた。後は彼女がどう動くかだ。痛む左腕をさすりたいのを、意思の力で押さえつけ、観客の目がなくなる最後のときまで気丈に振舞い、その場を後にした。
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