第77話
高く上がった太陽が、私たちを平等に照らしていた。目の前に対峙するは、前回大会優勝者、そして今回の攻略対象グロリア・ルドベックその人だ。
彼女が姿を現しただけで、会場の熱気は一気に最高潮へと跳ね上がった。彼女の一挙一動、その全てが誰かの絵と言われても納得できるほど、彼女は綺麗でかっこよかった。
そのまま位置について、すぐに試合を始めるかと思えば、彼女はまだ剣を構える様子はなく、剣の先は地を向いていた。なんだろう、と身構えていると、彼女は厳かにそれでいてはっきりと声を発した。
「久しぶりだな」
「……そうだな。夏休み明け以来になるな」
……びっくりした。何言われるかと思えばただの世間話で、少し固まってしまった。そう言えば、一応は先輩相手にこんな話し方するのっておかしい? いや、ゲームの中のルイスは誰に対しても傲慢な態度を取っていたし、問題ないか。それに今更気にしてももう遅いし。
「その節は悪かったな。やはり証言だけではだめだな。次はちゃんと証拠を突きつけてやるから覚悟しておけ」
「ふっ、楽しみにしておこう」
ふふっ、なんかこのやりとり悪役っぽくて楽しいかも。それにやっぱり、悪がいてこそ正義は輝くってものだ。私が断罪される側っていうのは悲しいけど、彼女のかっこいいところを間近で見られると思えば悪くないかも。
って、あれ? ちょっと待って。証拠を突きつけるって言ってたけど、一体どうするんだ? だって、噂は流しているけど、実際は私悪いことしてないじゃん? 証拠というか事件そのものがない。闇魔法を使ったことが悪いこと言えばそうなんだけど、それだけで追い詰められるほど公爵家嫡男の地位は低くない。
ゲームと違う結末を迎える。それは私の望むところではない。……はあ、仕方ない、気は進まないけど、本格的に手を染める必要が出てきたということだろう。
「考え事とは、ずいぶん余裕そうだな?」
「いや、そういうわけでは……」
ちょっと考え込みすぎたらしい。さっきよりも視線が鋭くなった気がする。ただでさえ、目力が強いグロリア先輩に睨まれると、私の中の小心者が表に出てきてしまいそうなのでぜひともやめていただきたい。というか、今も若干出ちゃってたし。
「ん? ……まあ、いい。剣を交えれば多少なりとも為人は分かる。見極めてやろう、貴様の性根を」
会話は終わりだ、とばかりに剣を構えるグロリア先輩。それに合わせて、私も剣を前に構える。武骨な直剣の硬い影が真下に伸びる。両者準備ができたことを確認して審判が初めの合図を高らかに口にした。
試合が始まった後も私たちはどちらもすぐに動くことはなかった。余裕そうなのはむしろグロリア先輩の方で、前回優勝者として相応しい風格を持って私を待ち構えていた。
「どうした? 来ないのか?」
挑発するように、いや実際に挑発されたのだろう。彼女のどこか茶目っ気のある笑みは、大層魅力的だったが、それでも私は動けなかった。微笑む彼女のその姿には一分の隙もなく、文字通り私には打つ手がなかった。今まで戦った相手とはわけが違う。あふれ出るプレッシャーが私をどんどん追い詰めていく。
太陽の熱かそれとも彼女の重圧か、汗がひとつたらりと頬を流れた。……っち、待っていても変わらないか。どうせ、負けなくてはならない試合なのだ。なりふり構わず、打ち込むしかない。
覚悟を決めて、彼女の方へ走り出す。それでも彼女の表情は変わらないままだった。渾身の力を込めて振った剣は、彼女のそれに容易く受け止められてしまう。ギンと、またあの独特な音が競技場いっぱいに響き渡った。もう観客の声は聞こえなかった。
一つ違いと言えど、体は男と女、それに魔力量も踏まえて考えれば当然だが、膂力は私の方が大きい。実際、彼女の剣はアランのそれより軽く、力負けするようなことはなかった。
ただ、彼女の剣はどこまでもしなやかで、それでいて鋭かった。一つ受け間違えれば、一瞬で勝負がつく攻撃が常に来る。取り立てて速いというわけではない、だがどうしてか、彼女の剣筋に合わせることで精いっぱいだった。
打ち合えば打ち合うほど不利になる。そう悟った私は一度状況を整理するために、やや強引に剣を打ち払い、やや不格好ながら必死で距離を取る。彼女は追いかけるような真似はしなかった。する必要がないといっても良かった。
「驚いたな。まさかここまで打ち合えるとは」
はあはあと息を整えていると、私に慈悲をかけたのか、試合中にも関わらずグロリア先輩は話しかけてきた。いや、その素直な表情を見るに、単に驚いただけだろう。まあ、そういうことならありがたい。流石に話している最中に切りかかることもないだろうし、体力回復がてら作戦を実行しよう。
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