第76話
とげとげしい視線を一身に受けながら、競技場から立ち去る。そのまま割り当てられた控え室に戻ると、ある人に迎えられる。
「お疲れ、ルイス。ほら、タオル」
「ああ、ありがとう」
その人物とは、もちろんネイビーだ。タオルを受け取り、そのままソファに座ると、どっと疲れが私を襲った。どうやら思った以上に疲労がたまっていたようだ。まあ、一歩間違えれば大怪我をするかもしれない試合をした後だから、当然と言えば当然か。
汗を拭きつつ一息ついていると、ネイビーがお茶を差し出してきてくれた。お礼を言って受け取ると、ネイビーが話しかけてきた。
「流石だね、ルイス。まずは勝利おめでとう。それで、ちゃんと見てたよ」
「それ?」
ネイビーが指さした先を見れば、この世界には不釣り合いなモニターのような装置があり、さっきまで私が戦っていた競技場が映し出されていた。これは珍しい。公爵家に生まれた私でもほとんど見たことのない魔道具だ。
前世の記憶を持った私からすれば、なんら変哲の無いモニターといったところだが、この世界からすればオーバーテクノロジーと言って差し支えないものだ。おそらくはなんらかの希少属性の持ち主によって作られたのだろうが、それにしたってものすごい技術力だ。流石は王家主催の大会だ、と感心する一方で、冷や汗が流れるのを感じた。
「すごいよねえ。こんなのあるんだね。ルイスの勇姿もばっちり見られて良かった」
ルイスが控えに戻ってくるのを待たなきゃだから、直接見にいけなかったからね、などとかわいらしいことを言うネイビーだったが、私は気が気でなかった。そもそも私としては、ネイビーに見に来てほしくなかったのだ。
というのも、家には私が学園での評判を伝えてないので、それを悟られたくなかったのだ。父には多分ばれているだろうけど、何も言って来ないのでまあいい。放っておかれているのか、それとも信頼してくれているのか、判断に迷うところだが、ポジティブに考えることにしよう。
それより、問題はネイビーだ。ネイビーは相変わらず、姉のような立場で私の学園生活を気に掛けてくれているので、心配させたくなかった。それに、悪い噂を知られてしまえば、嫌われるかもしれない。だからネイビーには来てほしくなかったのだ。
私の内心の焦り具合を知らないネイビーは尚も笑顔で話してくる。
「音もあればもっと良かったけど、それは望みすぎか」
「……そうだな」
どうだ? この様子からして首の皮一枚つながったってところかな? まあ、このモニターの画角が固定されていて、観客席の方は見られないし、音もないなら雰囲気とかは分からないか。はあ~、良かった。どうせいつかはばれることにはなるけど、ぎりぎりまでネイビーには、知られたくなかった。
はあ、無駄に精神を削られた気分だった。ネイビーの淹れてくれたお茶でも飲んで
気持ちを切り替えよう。
「あっ、見て見て、次は女の子みたいだよ。珍しいね」
言われるがままにモニターを見ればそこには凛とした姿のグロリア先輩がいた。流石はヒロインの一人、モニター越しでもカッコいい。
ネイビーの言う通り、この大会は女性の比率が低い。この大会の規定には男女による区別はないためだ。
一応この世界では、魔力を全身に行き渡らせることで、身体能力を向上することができる。魔法が禁止なこの大会ではあるが、体内で魔力を抑えている限りは魔法ではないため、この技術は認められており、むしろ積極的に奨励もされている。
相応に魔力を持ったものであれば性別関係なく身体能力を向上させられるが、それでも性差によるハンデは残る。だから、本戦出場者32人のうち、女子は6人という結果になったのだ。
「うわ、あっさり勝っちゃった。強いなあ、あの子。名前なんて言うんだろ」
モニターには対戦相手にしっかりと礼をして退場していくグロリア先輩の姿が映し出されており、考え事をしている最中にグロリア先輩はあっさりと勝利を収めたようだった。
「彼女はグロリア・ルドベック、前回大会の優勝者だそうだ」
私が端的にそう伝えると、ネイビーは分かりやすく驚いていた。ふふっ、こういう反応は貴族では珍しいため、微笑ましい。
さて、続く試合も食い入るように見ているネイビーを横目に作戦を再確認しよう。この大会はゲームではアランにぼろ負けし、さらなる確執を生むイベントとなっていた。しかし、今回はそれを変更して、グロリア先輩に負けることにする。
まあそもそもトーナメント方式のこの大会で、先にグロリア先輩と当たる時点で自然とそうなるだろうが。
そして、その試合の最中に思わせぶりなことを言って、大会後に1対1で話す機会を作る。そこで脅しをかけて……、と言った具合に進めていく。それが今回の作戦、いや作戦にしてはシンプルすぎるか、まあ予定ぐらいにしておくか。
どうせアランもグロリア先輩も勝ち上がってくる。ブロックの形からして決勝はその2人になりそうだ。どっちが勝っても、なんらかのフラグができることだろう。そうしたらこっちのもんだ。
確実に流れが来ている。この機を逃してはいけない、そんな気がする。後一勝したら、勝ち上がってくるグロリア先輩と戦うことになる。だから後一勝は確実に取らないと。
不安か高揚か、いつもより心臓の音が大きく聞こえた。精神を落ち着かせるために、私は少しぬるくなったお茶を口に運んだ。
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