第75話







 ジャギンッ、刃を潰した剣がぶつかり合う独特の鈍い音がコロッセオのような円形の競技場に響きわたった。向かい合うは、私ことルイスと、名も知らぬおそらくはゲームではモブであったろう彼だ。


 完全に勢いのなくなったところでお互いに引き、一度体勢を整える。さて、ここからどうするかと、前を向けば、目の前にいる彼は、驚愕に目を見開いていた。あまりに素直なリアクションをするので、試合が始まる前にあった余裕そうな笑みは何処へ行ったのか問いてみたいところだ。


 まあ、相手目線無理もないか。まさかあの悪名高きルイスがこんな実力を持っているとは露ほども考えていなかったのだろう。今日も今日とて偽装のために太った姿を見せているのだから。


 さて今、私と彼、両者ともに手にするは直剣、つまりは叩き切ることを目的とした武器だが、その殺傷能力は刃とともに大きく落ちている。それに、対戦相手を殺すことは反則であり、一応安全に配慮された形となっている。


 それでも、当たり所が悪ければ万が一ということもある。実際、過去には死者が出たこともあるそうだ。そのため昔は戦闘不能になるまで戦い続けていたところ、現在はルールが改正され、確かな一撃が体のどこかに当たるか、どちらかが剣を手放した時点で決着というルールになっているらしい。


 そのルールのもと、先ほどのの合図で始まったこの剣術大会であったが、思い返せばあっという間だった。対策らしい対策もしないまま始まってしまった剣術大会であったが、大丈夫、すでに目的は定まっている。それを果たすためにも、こんなところで負けてはいられない。しっかりと相手を見据えて、私は今一度剣を握り締めた。


 じりじりと2人で円を描くようにして立場を入れ替えていると、より一層周りの声が聞こえてくるような気がした。そう、予選の頃こそ無観客だったものの、本戦に入ってからは誰でも観戦できるようになっているのだ。


 それにしても凄まじい盛り上がりだな。観客席は離れているというのに、その熱気がここまで伝わってくるようだった。それに市井にまでルイスの悪名が轟いているのか、ひしひしと私に対する敵意も感じられた。


 ルイスが公爵家だということもあり、表立って非難するような声はないものの、完全にアウェイの空気が作られている。どうにかして、ルイスをあの非道の悪鬼を負かしてくれと、観客の誰もが心から願っているようだった。





 しかし最初は目の前の彼にとって追い風だったその空気も、一合、二合と切り結んでいき、いくら経っても私が倒れないことでだんだんと変化していった。それはすなわち苛立ちだった。



 魔法が禁止されている大会であるがゆえに、闇魔法での補強はないものの、お腹の詰め物だけでも十分太ったように見せている。それを知らない第三者からすれば、対戦相手の彼は、ろくに鍛えてもいないルイス相手に手間取っているように見えるのだ。


 ルイスへと向いていた敵意は少しずつ、相手にも牙を向いていく。私は幸か不幸かその視線には慣れてしまった。だが、目の前の彼はどうか。その答えはすぐに分かることとなる。


 試合が始まってからしばらく経った後、彼はあきらかに大振りな剣筋が目立つようになってきた。この空気に耐えきれず、早く勝負を決めようと、気が急いているのだ。そのせいで、誤魔化してはいるものの、彼はすでに肩で息を吸うようになっている。私にはまだまだ余力を残しているというのに。


 試合が始まる前に彼にあった嘲り、あるいは侮蔑はその目にすでになく、ただ焦りだけがその瞳に浮かんでいた。ルイスという分かりやすい悪を滅することにより、自らの正しさを示そうとしていたその傲慢な考えももはや持ち合わせていないことだろう。


 焦りは隙を生む。相手が冷静な判断ができなくなってからは、途中からいくらでも打ち込めるチャンスはあった。ほら、今の大振りも剣で受けることなく横にずれて躱してしまえば、相手は虚空に振り下ろすしかなく、簡単に勝つことはできた。


 しかし、それは私の目的と反する。この試合に私は勝たなくてはならないが、それは決して圧勝ではない。むしろ辛勝、なんとかして勝ちを拾ったという風に持っていきたい。よりヘイトの溜まる勝ち方をすることで、来たる負けを劇的に演出したかった。


 全力の攻めをなんとかしのぎ切ったというような体で、距離を取る。お互いに間合いを測り、次の動きを読もうとする。そして時は来た。対戦相手が大仰に振りかぶったその一撃。それを待っていた。


 私は体の前に剣を横にしてその攻撃を受け止める。そして力及ばずといった様子で、剣を地面に対して水平から少し斜めにずらす。するとどうだろう、彼の剣は私の剣を滑り落ちていき、そのまま地面へと向かっていく。


 そこでようやく彼も自分の失態に気づいたのか、しまった、というような表情を見せる。しかし、時すでに遅し。彼が重力という大きな力に逆らえず、無防備な姿をさらしているうちに、体の前の剣をそのまま彼の腹に切りつけた。





 試合は終わった。とりあえず、まずは一勝。まばらな拍手を受けながら私は控えに戻る。さて、もう少し作戦を詰めるとしようかな。







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