第74話





 早く脅しに行きたいんだけど、結局未だにグロリア先輩とは接触できないまま時は流れていった。あんまり時間の制限こそないものの焦りが生じてくる。


 原因は分かっている。セリだ。彼女がとにかく話しかけてくるのだ。一度許してしまった手前、理由なく断ることもしづらく、されるがままになっている。セリ自身に悪気が無いことも、たちの悪さに拍車をかけていた。


 ただ一つ幸いなのは、その度にエリーがさっと間に来てくれることか。そのおかげで2人きりになることは少なかった。せっかく私自身の悪い噂を流しているのに、聖女と一緒にいたら変なことになってしまう。エリーのおかげでなんとか緩和されていることを願おう。


 とにかく、どうにかして1人の時間を作って、グロリア先輩に脅しをかけにいかないと。焦りが焦りを生み、嫌な悪循環に陥っていたその時、声が聞こえた。


「おはよう、ルイス君」

「はあ、何だ? ——ああ、リオン……と、アランたちか」


 セリかと思ったら、話しかけてきていたのはリオンだった。フラストレーションがたまっていたせいで、嫌味な対応になってしまった。……いや、ルイスの性格の悪さを全面に出していくならこんな感じでもいいか?


「大丈夫? 何かあった?」

「いや、問題ない」


 首を振って自分の意思を伝える。心配してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと1人になりたい気分だった。はあ、私悪役だよね? なのに、どうしてこうなってしまったんだろう?


 まあ初めての課外学習のときから、リオンとアランはたまに私に話しかけてくることはあった。キナは、私を警戒しているのか2人きりで話すことはなかったけど、アランが話しているときにはその話に参加するぐらいには関係ができてしまった。


 主人公アラン攻略対象リオンと仲良くするのは、悪役ルイスである私にとって良いことではない。が、アランたちと話しているときは、セリも遠慮して話しかけてこないので、今はありがたいから良しとしよう。


 いや、別にセリが嫌いだ、というわけではないのだが、ピュアなセリとずっと話しているとこっちが疲れてしまうので、セリには少し遠慮というのを覚えてほしい。


「最近、ルイス君、聖女様とかエリザベート様とよく話しているよね。何かあったの?」

「……エリーは俺の婚約者だからな。そこからつながりができただけだ」

「なるほど、そっか」


 用意していた言い訳を口にすると、表面上は納得してくれた。そうだよな、やっぱりそこは気になるよね。私も相手の立場だったら絶対気になるもん。まあ、これ以上答えるつもりはないと態度で示したおかげか、追及はされなかった。良かった、これ以上突っ込まれるとぼろが出そうだった、と安堵していると、今度はアランが話しかけてくる。


「それにしても、いよいよだな。ちゃんと準備してるか?」

「ん? 何が?」

「何がって、剣術大会だよ。ルイスも出るんだろ?」


 ああ、そう言えばそんなのもあったな。いろいろ考えることが多くて忘れてた。ゲーム通りなら、剣術大会ではアランに負けること以外特にやることもないので、気にしていなかったというのもある。


「そっか、もうそんな時期になるのか。知っている人が出るとまた見どころが増えるなあ」

「あれ? リオンは実際に見たことあるのか?」

「うん。お父さんに連れられてね。えっ? みんなも見たことあるよね?」


 同意を求めるようにリオンは私たちの方を見回す。まるで、見ているのは当たり前と言った様子だったが、誰一人として首を縦に振るものはいなかった。


「あ~、俺は基本故郷の村にいたから」


アランは頭をかきながらそう答え、私も


「俺もずっと領地に籠りっぱなしだったからな。見たことはないな」


と淡白に答える。するとリオンは、最後の希望にすがるようにキナを見た。


「キナちゃんは? 確か、王都の出身だよね? 1回くらい見に来たことあるんじゃない?」

「わ、私も見たことはないです」

「ホント?」


 リオンは自分が少数派であることに驚きを隠せないようだった。しかし、すぐに切り替えて、笑顔でキナを誘う。


「なら、絶対一度見に行った方がいいよ。勝ち上がれば御前試合もあるから、皆真剣に戦うの。すっごい見応えがあるし、絶対盛り上がるから。ルイス君たちが試合に出るし、2人で見に行こうよ」

「えっ、……でも迷惑じゃ」

「ううん、そんなことないよ。あっ、でも本当に興味なかったら無理にとは言わないけど、どうかな?」

「ええっと」


 テンション高く誘ってくるリオンに、キナは答えに窮するように一度動きを止めた。ぐいぐい来られると、確かに困るよね。と私がキナに共感していると、そこに畳みかけるようにアランが続く。


「俺もキナが見に来てくれたら嬉しい」

「ん」


 えっと私は何を見せられているのかな? いや、青春を謳歌しているのはいいんだけどね、私の存在忘れていないかな? 話しかけられるのも面倒だけど、無視されるのもそれはそれで心に来るし。っていうか、やっぱり君たち付き合っているの? ねえ、付き合っているの?


 私が痺れを切らしてそう聞く前に、キナが顔を赤らめて、リオンの方を向いて答えを口にした。


「あ、あの、ご迷惑じゃなければ、ぜひ」

「うん、もちろん大丈夫。じゃあ、一緒に見に行こう」


 リオンはキナの手を取って、ぶんぶんと振る。振り回されたキナは、あわあわとしながらも楽しそうに笑顔を浮かべていた。うん、良い友情だなあ。……で、私ここにいる意味ある?


「キナちゃんがアラン君を応援するなら、私はルイス君を応援しようかな」


 そう言って、リオンは私にウインクを見せてくる。あ、忘れてなかったのね。ま、まあ、忘れてもらって構わないんだけどね。


 それにしても、私を応援か。リオンも攻略対象らしく主人公を応援してほしいけど、まあいっか。


「好きにしろ」

「うん、好きにさせてもらうね。前回の高等部の大会は、ルドベック生徒会長の圧勝だったからね。2人とも頑張ってね」


 えっ、そうだったっけ? 言われてみれば、そんな設定があったような気がする。なんで今まで忘れていたんだってレベルで大事な情報じゃん。……待てよ、これ使えるんじゃない?


「生徒会長って今2年じゃなかったっけ? 1年生のときに優勝してるの?」

「すごいな。生徒会長って剣も強くないといけないのか」


 アランたちの素直なリアクションを聞きながら、作戦を考える。……うん、これならいける気がする。心の中で、教えてくれたリオンに感謝する。


 そうして、いくらか焦りが減った私は、先生が来るまでアランたちと会話を続けたのだった。




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