第73話
セリとエリーを邂逅させたあの日から少し経ったある休日の午後、家の使用人から呼び止められる。
「ルイス様、ご所望の資料でございます」
「あ、ああ、ありがとう。ご苦労だった」
「いえ」
資料を手渡されるとずんと重みを感じた。戸惑っている間に、目の前の使用人は一礼し、すぐに去っていった。こういう反応をされると、やはりまだまだ警戒されているというのを実感する。普段はあんまり意識することはないけど、頼み事をしたいときには面倒だ。
と言っても実害と言えばそれくらいだし、闇属性のルイスへの反応としてはむしろ正常か。放っておいても問題はない。理不尽な頼み事はしないつもりだけど、断られたときはそれこそ闇魔法を使えばいいし。……いや、こういう考えがいけないのか?
まあ、今回は上手くいったし、今はこの資料について考えよう。えっちらおっちら、邪魔が入らないように部屋に戻って資料を広げる。手渡された資料はすべてルドベック家に関するものだ。グロリア先輩のルートを考えるにあたり必要になるだろうと、以前に頼んでおいたのだ。
ただ、公爵家の伝手をフル活用してくれたのか、予想していた以上の資料の山だった。これは骨が折れる作業になりそうだ。
はあ~、ちょっと休憩しよう。まだもう少しあるけど、大体こんなもんでいいでしょ。ああ、ざっと目を通すのにすら随分時間がかかった。もうこんな時間だ。そろそろネイビーに夜ご飯に呼ばれてしまう。その前に結論を出してしまおう。
にしても、私変わったな。転生する前だったら、こんな数字の羅列を見てもチンプンカンプンだったけど、今まで勉強してきた甲斐があるもんだ。
さて、その上での所感だけど、……思った以上にやばい状況だな、ルドベック家。
まず、税収が他領と比べて圧倒的に少ない。領民からの税が少ないのはまだ分かる。土地が細くて収穫量が見込ないし、ルドベック家もそれを分かって税を低めに設定しているのだろう。
だけど、関税つまり他領から来る商人たちからの税収が少ないことが問題だ。関税は領の財源調達手段として、重要な役目を果たしていて、特に力のない領ほど関税の占める割合というのは高くなってくるものなのだ。ここが弱いのは、やはり領としてまずい事態になっていると言って差し支えない。
関税が安いことにも当然メリットはある。基本的に関税の低い地域の方が、物を売る商人は儲かりやすい。手数料が安い分、価格をそこまで上げなくて済むため、地元の商品とも価格で戦っていけるからだ。
すると、その土地は商人の行き交いが盛んになり、人の出入りが増える。人の多さはそのまま経済の強さに直結する。だから関税を他領より意図的に低く設定することで、商人を呼び込むという作戦がないわけではない。
しかし、その作戦は商人が流れてしまう他領にとっては好ましいものではなく、関係が悪化する懸念がある。さらに、安い他領の製品が入ってくるということは、自領の産業を発展させる機会を奪うことにもつながるため、あまり良いものとは言えない。
しかも、それでいて関税による税収が少ないということは、単純にルドベック領で商売する利点が少ないということだ。
見れば、食料自給率はほとんど100%を達成している。荒れた土地ながら、魔法や家畜を使って耕してきた努力の結果だ。これは素直に素晴らしいと思う。
それはつまり、食料を買う必要もなく、また他に回すこともできないということだ。ルドベック領の民は領主に似て、皆実直で日々をつつましく生きているのだろう。質素に暮らせば、領内で完結している。そう考えれば、悪くないようにも思える。
それでも必要最低限の支出はある。それを特産である紅茶で補っているのが彼らの領だ。ルドベック家の紅茶は一種のブランドになっていて、他の紅茶より単価が高い。
一度取り寄せて飲んでみたところ、確かにかなり美味しかった。確かに特産になるだけはある。が、生命線であるその紅茶の売り上げが年々下がっている。最近何かと物騒な話題が多く景気が冷えて、嗜好品である紅茶に割くお金が減ってしまったのだ。
紅茶に頼り切りな現状はいつか必ず破綻を迎える。それは天候不順による不作かもしれないし、他領の不景気による嗜好品の需要の減少だったり、他にも要因はいろいろある。
そのもしもを回避するためには、紅茶以外の産業を奨励して、紅茶に頼り切りな現状を変えつつ、領に価値を付加し、関税を高くしても商人が来てくれるようにするしかない。
なるほど、ようやく腑に落ちた。あの放蕩息子であるルイスがどうやってルドベック領を陥れたのかずっと謎だったけど、ようやく今分かった。多分ゲームの中のルイスは何もしていなかったのだ。
誰かに教えてもらったのか、それとも自分で頑張って調べたのか、とにかく今の私みたいにルドベック領の現状を知って、脅していただけなんだ。
その結論に至った瞬間、ノックの音が部屋に響いた。
「ルーイス、そろそろ出ておいで」
「ああ、分かった。今行く」
気持ちばかりの整理をしてから部屋を出ていく。今日は疲れたし、また明日考えよう。
ただできれば相手の領のためにも、早めに事を起こした方がいいかもしれないな。そう思う一日の終わりであった。
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