第57話
考えがまとまらないのに、無情にも時は進んでいく。キナと再会したアランはいつの間にか、歩き始めていた。
「ああ、もう!」
「わっ、急にどうしたんですか? 怒っちゃだめですよ。そういう時はまず深呼吸ですよ。はあ~、ふう~。ほら」
一体誰のせいだと思っているのか、という言葉がこぼれるのをすんでのところで押し戻す。頭の冷静な部分ではセリは何も悪くないのは、分かっている。でも……。
まあ、セリの言うことにも一理ある。憤っても何も変わらない、ならばここは冷静に打開策を考えよう。ひゅぅーと間抜けな音を出しながら大きく息を吐く。
息を吐き出したのと同時にぼんやりと遠くを見れば、なにやら騒ぎが起きているのが見えた。一際目立つ白い衣装に身を包んだ二人組が人ごみをかき分けて、広場に入ってきていた。なんだか見覚えがある、……そうだ、セリを追いかけてきた教会の人たちだ。
このタイミングで来るか。後もう少し早ければ良かったのに。精一杯背を伸ばして、周りを見回してもアランたちの姿はもうどこにも見えない。これでは、アランの介入は望めない。
「はあ~」
「あっ、ため息は幸せが逃げちゃうんですよ」
「ため息ぐらい自由にさせてくれ」
まずい、ばれたな。明らかにこちらに来るスピードが早まっている。だが、私の方を向いているセリは気付いていない。ああ、もう、どうしてこうも上手くいかないもんかなあ!
「ちょっと何をするんですかあ?」
「いいからこっちに来い」
私はいまだに状況を飲み込めていないセリの手を引っ張り、広場から離れる。ちらりと後ろを見れば、そいつらも一緒に走ってついてきている。走ることに慣れていないセリがいるので、このままでは追いつかれるのも時間の問題だった。
「どこに行くんですか?」
「静かに」
人気のない路地に逃げ込む。奥は行き止まりだったが、そんなことはどうでもいい。これからすることを考えれば、むしろ好都合だ。
「あのぅ、ルイ、んぐ」
何か言いかけたセリの口を手で塞ぐ。もがもがと暴れられるが、ここは我慢してもらうしかない。手にかかる息がこそばゆかったが、私は集中して魔法を発動させる。ちょうど、発動し終えたのと同時に二人組はやってきた。
「あれ? 確かにこっちに来たと思うんですけど」
「あの特徴的な白髪だ。見間違えるはずがない」
「でも、いませんねえ」
「ならば、どこへ行ってしまわれたのだ」
セリの抵抗は弱まってきたが、私はそれでも口から手を離さない。私も息を潜めて気配を薄める。
「だから言ったんすよ。あれじゃ逃げられるって」
「それでも窮屈すぎるよりはいいじゃないか」
「まあ、そうっすけど」
「くそっ、何か犯罪にでも巻き込まれてなければいいのだが」
「大丈夫じゃないっすか? 抜けてるところもありますけどなんだかんだ切り抜けてますよ」
「ああ~、心配だ」
「先輩は心配しすぎですって、夜にはひょっこり帰ってきますよ。きっと」
「お前は楽観しすぎだ! 聖女様、今行きますから」
温度差の激しい二人組はここにセリはいないと判断したのか、儀式用なのかその動きづらそうな服をたなびかせ、来た道を戻っていった。彼女らがいなくなってから十分時間が経ってから、私はセリを解放する。
「はあ、はあ、はあ。ちょっと何するんですか? ていうか、どうしてばれなかったんですか?」
「少し落ち着け。また戻ってきたら面倒だろう?」
畳みかけるように問いかけるセリに、私がそう言えば、今度は静かな声で訊いてくる。
「どうして彼女たちにばれなかったんですか?」
「闇魔法で我々を違うものに見せかけていただけだ」
「なる、ほど?」
全く別のものに見せかけるのは、魔力を大量に消費するから使いたくなかったのに。多くの魔力を一気に使ってしまったせいで気持ち悪い。そんな私にお構いなしにセリは質問を重ねる。
「じゃあ、なんで私が彼女たちから逃げていると?」
「あ~、なんとなくだ」
「なんとなく?」
「そう、なんとなくだ」
今までのやり取りでセリとの付き合い方が分かった。ずばり、適当。言葉の裏を考えたり、相手に何かばれるとか考えなくていい。適当に子供をあしらうように接すればいい。おっとりとした性格の彼女にはそれぐらいがちょうどいい。
「ということは、私を助けてくれたってことですよね」
「いや違う」
「違うんですか?」
セリとまともに話しているとペースが持っていかれる。だから私は、会話に割くリソースもそこそこに、今後の行動について考えることにした。
とにかくアランに合わせること、それが大事だ。そこからは口八丁手八丁でなんとかするしかあるまい。
「ねえ、何が違うんですかあ?」
おい、肩をゆさぶるな。どうしてそう詰めてくるの? こうして勘違い男子は生まれるのか、なんて益体もないことを考えてしまうじゃないか。このまま私でもころりと落ちてしまいそうだ。そうならないように私は彼女を振り払う。
「だあ~、とにかく、アランに会いに行くぞ」
「アランさんに? どうしてですか?」
「どうしてもだ」
セリに取り繕うのはもうやめだ。何か致命的なことを言っても、セリなら誤魔化せる。変なことに気を遣うより、直接動いた方がましだ。私はセリを連れて歩き出した。
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