第55話






 とうとうこの日がやってきてしまった。来てほしかったような、そうでないような、とにかく不思議な感覚だった。昨日早めに寝たおかげですっきりと目覚められた。今日こそは、ゲームの通りにイベントを起こせるよう頑張ろう。


「おはよう、ルイス。今日は友達と約束があるんだよね?」

「ああ、だから早くいかないと」

「そうだよね~。楽しんできてね!」


 ネイビーは私に休日に遊ぶほどの友達がいると知ってからというもの少しテンションが高い。ネイビーは少し過保護な気があり、このままではついてきかねないので、しっかり釘を刺しておく。


 朝食を終えた私はまた一昨日のように、貴族とばれないような服装をしてから屋敷を出た。屋敷から少し離れたところで、人目につかないように路地に入る。しっかりと変装を行うためだ。アランたちにばれたら面倒だからね。髪色だけでなく顔の印象も変えておかないと。


 自分自身で確認できないところは面倒だが、感覚からして大丈夫だろう。さてアランたちを探すことにしよう。


 アランたちを見逃さないように、道行く人を注意深く眺めているとカップル率が異様に高いことに気付く。聞こえてきた会話によれば、何やら祭りの最終日の今日、二人で一緒に花火を見ることで、永遠に結ばれるジンクスがあるのだとか。世界が変わっても男と女の関係は変わらないものだな。


 聞き耳を立てながら人波をかき分け、より一段と人の出入りの多い場所へ向かう。そこは噴水のある広場で、多くの人でごった返していた。一昨日も同様だったので、アランたちがいる可能性が高いと、一昨日のうちから目を付けていたのだ。


 噴水の近くできょろきょろと辺りを見回していると、お目当ての人物が目に入る。アランだ。予想とは違って一人で……いや、どうやら誰かを待っている様子だった。案の定、キナが遅れてやってきた。これで役者は揃った。後は計画通りに進めるだけだ。


 アランはあれでいて、カンが鋭いところがあるからな。ばれないように慎重に近づく。幸い周りの人の数も多いため、下手な行動さえしなければ、まずばれることはないはず。逸る心臓を押さえつけながら、なんとかアランたちの会話が聞こえるところまでやってきた。


「お待たせ。待った?」

「いいや、俺も今来たところさ」


 などと、付き合いたてのカップルみたいなやり取りが聞こえ、危機感を覚える。まさか、そこまで行っているとは。……まだ付き合ってはいないよな? もし付き合っていたとしてもすることは変わらない、だけど私の罪悪感の重さが変わる。


 そんなことを考えていると、アランが『よし、じゃあ行くか』と、その場を離れようとする。ここまで来て見失ったら面倒なので、私は慌てて闇魔法を発動させ、キナを支配下に置く。


 魔法がかかると、一瞬だらんと力が抜けたキナを心配するように、アランが『大丈夫か?』と抱きとめる。こうなるとは考えていなかったが、この後の展開的に都合がいい。これを利用しない手はない。


「実は私、今、体調が悪くて」

「そうだったのか。少しカフェかどこかで休もうか?」


 最初に相手を気遣った発言ができるなんて、流石は主人公である。なかなかその当たり前ができない人も多いと言うのに、そういうところが好かれる要因なんだろうな。ただ、今回はその人の良さを利用させてもらう。


 今見たように、私はキナに自分が体調が悪いと思わせている。名づけて体調悪いので早退します作戦だ。これなら十分帰る理由になるし、変だと思われにくいはず。


 こっぴどくアランを振ったり、直球に嫌いだと宣言したりすることも考えたが、熟考の末にその案は見送った。理由としては、あまりにも普段の言動とかけ離れたものにしてしまうと、その後で整合性が保てなくなるためだ。


 今だけ洗脳でごまかせても、その後の付き合いでばれては意味がない。どころか、私に疑いがかかるかもしれない。それに、キナの意思に反した行動は取らせづらいということもある。


 色々な兼ね合いを考えた上での、今回の作戦である。アランは基本的に良いやつなので、上手くいくはずと読んでいた。作戦が上手くいくことを祈りながら、こっそりと成り行きを見守る。


「ううん、今日は家で休もうと思うの。折角来てくれたのに、ごめんね」

「そ、そうか。いや、それなら仕方ないな」


 よし、良い感じだぞ。このまま行ってくれ。


「ホントにごめんね。復活祭は一人で楽しんできて」

「いや体調が悪いなら、何かと必要なものがあるだろう? それにこういうとき一人は不安だろう? 何でも頼ってくれ」


 くっ、この主人公女たらしめ! ここは大人しく引き下がってくれよ。しかし、ここで焦ってはいけない。私は魔力を使って、更にキナに一人でいたいと思わせる。


「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね。今は、一人になりたい気分だから」

「……そうか。分かった。体調が悪いのに、ここまで来させて悪かった」

「ううん、大丈夫。またね」


 そうして、キナは来た道を戻り、そのまま帰っていった。アランは気を遣ってかどうかは分からないが、彼女が見えなくなるまで、いや見えなくなった後もその場を離れようとしなかった。



 えっ、ホント? 夢じゃない? 頬をつねってみるが、ちゃんと痛い。今までの失敗のせいかこんなにすんなりいくと思っていなくて、目の前の現実を受け止められなかった。だって、今回もなんやかんやあって上手くいかないんじゃないかってどっかで思ってたから。


 その事実を認識したことで、遅れて達成感が湧き上がってきた。やった、ようやく、ようやくこれで——いや、ここで気を緩めてはいけない。まだ、最初の関門を越えたぐらいだ。


 それに心底残念そうな表情をしているアランを見ていると、心臓が締め付けられるような痛みが込み上げてきた。楽しみにしていただろうに私の都合で、台無しにしてしまったことに申し訳なさが募った。


 だが、この世界とヒロインたちのためと無理やり自分を納得させる。キナのフォローもちゃんとするから、と誰にするでもなく言い訳して、罪悪感を軽減させる。



 ここまできたら、もう落ちるとこまでとことん落ちてしまおう。——そうだ、これで実はキナは帰ったんじゃなくて他の男と祭りを楽しむとかどうだろう? そうすれば、アランたちの関係は修復不可能なほどズタズタになるだろう。アランは悲しむだろうが、そこはセリにカバーしてもらえばいい。



 何にしても、それはアランとセリが出会った後だな。でも、この調子なら上手くいくはず。私は作戦の手ごたえを感じていた。だからこそ油断していた。







「何をしていらっしゃるんですかあ?」



 突如として後ろから聞こえたその声は、私を震え上がらせるには十分な威力を持っていた。

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