第53話






「前にもルイスと一緒に回ったことあったよね。最後は確か、ルイスが10歳のころだったから5年前かな」

「そうだな」


 やばい、心臓が早鐘を打って、ネイビーの言葉が全然頭に入ってこない。それほどまでに、ネイビーの今の浴衣姿が可愛すぎるのだ。


 元が前世のゲームだからかは知らないけど、この世界には世界観にそぐわず浴衣がある。前世と同じように浴衣を借りられるお店もあるのか、すれ違う人は結構な割合で浴衣を着ていた。特に女性ほどその傾向が高く、大通りをきらびやかに彩っていた。


 前世にも浴衣美人なる言葉があったように、浴衣にはその人の魅力を引き出す特別な魔力でも込められているのかもしれない。ただ、その中でも私のネイビーが一番可愛い。


 艶やかな黒髪が浴衣に映えるということもあるかもしれないが、そんなの無くてもその上品さとたおやかさでネイビーがぶっちぎりなのだ。


 歩きながら、視線だけはずっとネイビーに向けていると、ちらりと振り返ったネイビーとばっちり目が合った。私がずっとネイビーを見つめていたことに気付いたのか少しはにかんだ笑顔を見せる。


 ああ、まただ。こんな風にして、ネイビーはまた私を虜にするのだ。心臓がきゅーっとなって動けなくなってしまった私をネイビーは『ほら、行くよ』と手を引っ張っていく。いつもネイビーは私の先を行き、導いてくれる。



 私たちはそうして多くの屋台を巡った。この祭りのときだけ出る出店も多く、歩きながら食べられるように様々な工夫が施されていた。それに魔法が生活に浸透している世界なので、案外清潔に保たれていたのも良かった。


 前世と似たようなストリートフードもあれば、こっちの世界でも見たことがないものもあり、それらをネイビーと二人で分け合った。いつもと違って、テーブルマナーやら何やらに気を遣う必要がなく、ただただネイビーと食べ歩きを楽しんだ。


 そうして、ネイビーとほとんどデートのようなものを堪能していると、気づくことがあった。なんか、めちゃくちゃ視線を感じるのだ。


 髪は闇魔法で変えているし、服装も裕福な商人程度の質のものにしてあるから、私が貴族、ひいてはルイスだとは気づかれていないはず。


 それなのになぜ、視線を感じるのか。その答えはすぐに分かることとなる。食べ歩きも一段落し、出店の商品を二人で物色していると急に声を掛けられる。


「おい、そこの可愛い姉ちゃん、ちょっと俺らと遊ぼうぜ」

「そうそう、そんなチビなんかほっといて、俺らといた方がよっぽど面白いぜ」


 チャラチャラした二人組に絡まれたのだ。平時であれば、この世界にもいるのかと感動してしまいそうなほどの、いかにもなヤンキーの二人組だった。


 そこでようやく理解する。ネイビーが可愛すぎるから、その隣にいる自分に嫉妬の念を送り付けていたのだろう、と。


 私の存在を無視するかのように、ネイビーに絡み続けるそいつらを見て、私はふつふつと怒りが込み上げてきた。私のネイビーに声を掛けたのもそうだし、何よりもネイビーと二人きりの幸せな時間を邪魔されたことが我慢ならなかった。


 私はパチンと指を鳴らして、感情のままに魔法を行使した。発動した瞬間、奴らは一度そのチャラチャラした下品な笑みをなくし真顔になると、今度はお互いに見つめ合う。


「……俺、お前のことが好きみたいだ」

「俺も、実はお前のことが」


 そう言いながら二人は暗い路地の向こうへ消えていった。そっちで二人仲良くな。魔法が切れて正気に戻ったときを楽しみにしてろ。まったく、私とネイビーの時間を邪魔するな。


「よし、行こう。……どうしたの?」


 声を掛けたが、ネイビーは立ち止まり、彼らが消えた先を見ていた。どうしたのかと思っていると、ネイビーは少し背をかがめ、私の耳元で小さく囁いた。


「もしかして闇魔法使っちゃったの?」

「……ああ」


 嘘をつくこともできたが、ネイビーにはもう嘘をつきたくなかった。ネイビーにむやみに魔法を使ってはだめだよ、と怒られてしまうかなと身構えていると、ネイビーは優しくポンと私の頭の上に手を置いた。


「私のためにしてくれたんでしょ? ありがとね」

「っ、うん」


 いつまでたってもやっぱり、ネイビーは私のお姉ちゃんなんだなと強く実感した。


「でも、悪いことには使っちゃだめだからね? まあ、ルイスは良い子だから心配してないけど」


 あ、ごめんなさい。結構な頻度で使ってるし、明後日も使う予定なんです、とは言えなかった。曖昧な笑顔でごまかして、話題を変えることにした。


「やっぱり、髪だけじゃなくて外見も変えるべきだったな。もう少し背を伸ばすくらいだったらそこまで負担もないし」

「どうして? 今のままでいいよ。ホントは髪も変えない方がいいのに」


 ネイビーは心底残念そうにそう言った。意味が分からず、その真意を聞いてみる。


「どうして?」

「ルイスの髪色が好きだから」

「……このくすんだ色のどこがいいんだか」


 同じ金髪でもエリーのなら好きになるのも分かる。私も貴族だから髪のケアとかは毎日きちんとしているが、エリーのとは根本的に色味が違う。彼女は一切の濁りのない完璧な金髪で本当に輝いて見える。


 しかし、私はくすんだ色味の金髪、この世界では珍しくもない。それでもネイビーは言った。


「私は、人間味が感じられていいと思うけど。——まあ、そうだね。確かにルイスの色だから好きなのかも」


 ほら、こういうこと言うと勘違いしちゃう人が出てくるよ。ネイビーは本当に魔性の女だ。これ以上好きにさせてどうするの? と問いただしたい。まあ、そんなことを言えるわけもない。代わりにいつも思っていることをネイビーに伝える。


「俺もネイビーの髪、好きだよ」


 そう言うと、ネイビーは一瞬動きを止めた。それから、急に頭に衝撃が走った。何かと思えば、ネイビーの柔らかな手が私の頭を撫でてくる。


「えっ、ちょっと何?」

「黙ってわしゃわしゃされるの。今日は私のための日なんでしょ」


 いつもと違って強引な様子のネイビー。何だか分からないけど、ネイビーが楽しそうなのでいいか。今日はネイビーの日、とことん感謝を伝えて、楽しませてあげないと。


 私たちは夜になるまで、祭りを遊び倒し、二人で笑いあった。最高の一日だった。





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