第52話
「まさか、この歳にもなってまたルイスと一緒にお祭りに行けるなんて思ってもみなかったよ」
「そ、そうか。まあ、今日は楽しんでくれ」
今日、私はネイビーと一緒に夏祭りに来ている。周りはがやがやと人でごった返し、いつもとは比べ物にならないほどの活気に溢れていた。
はぐれないようにとつないだ手から伝わる熱が、頭にまで到達しているように思えるほどクラクラしてしまう。どうしてこんなことになっているのか、その答えは一週間前にまでさかのぼる。
エリーが屋敷を訪れた日の翌日、私は睡眠の大切さについて改めて理解した。行き詰まったら一回寝てみるのっていいことなんだと再認識できた。
私はどこか難しく考えてしまっていたのだ。私にできることを考えれば、おのずと答えは導き出された。私には最高の、いやある意味最低の、闇魔法があるじゃないか。気づいてしまえば実にあっけない問題だった。
キナに闇魔法が効くのは、あのときに……まあ、思い出すのはよそう。とにかく、効くことは分かっている。闇魔法をかけてしまえばある程度の行動は操れる、これを最大限活かす他に道はあるまい。
作戦としてはこうだ。まず、アランとキナが二人でいるところを発見する。これはもう頑張るしかない。この時点でかなりの博打だが、普段のアランたちの様子からして参加するだろうし、二人でいるのもほぼほぼ間違いない。彼らを見つけることが第一段階だ。
次にばれないようにキナに闇魔法をかけて、キナの方から自発的にアランと別れたと思わせる。こうすれば、とりあえず祭りの間は後腐れがないという寸法である。
ここまでくれば後は簡単だ。アランが一人のときにセリと出会うだけ。セリが教会の人たちに連れ戻されそうになっているときになんらかの騒ぎが起きるだろうから、正義感の強いアランはそれを見過ごせるはずがない。そうなればイベントは発生する、ミッションコンプリートだ。
うん、考えれば考えるほど、完璧な作戦だ。ただこれをしてしまえば、今後のキナとアランの関係は気まずいものになってしまうだろう。これから、アランとセリの関係が深まっていけばなおさらだ。
別にキナは悪いことをしたわけじゃない。ただヒロインじゃないというだけで、私はキナとアランの関係を壊そうとしているのだ。心が痛まないわけがなかった。
——だが、もう決めたのだ。今までの方法では生ぬるい。確実に
ただ作戦が成功した暁には、しっかりキナのフォローをしよう。この世に生きる全員が幸せになれるとは思わないけどせめて自分のせいで不幸になる人を作りたくはないのだ。まあ、とにもかくにも今回のイベントを成功させてからの話だ。
「差し当たっての問題は、祭りに出かけることだな。なんて言えばいいかな」
実は基本的に貴族は祭りの最中は家で過ごすことを推奨されている。これは、年に一度のお祭りで、平民たちが気兼ねなくはしゃげるようにとのことらしい。だから出かけるときはお忍びで行かないといけないな。
なんて考えをめぐらせていると、急に後ろから『復活祭に行くの?』と声が聞こえた。
「ね、ネイビー! なんで、い、いつの間に部屋に?」
まずい、何か変なこと聞かれていないか、不安になる。どうして、何も言わずに入ってくることなんて一度もなかったのに。ネイビーに対して、困惑と怒りの感情を抱いているとネイビーが弁明してくる。
「ごめん。だってノックしても声を掛けても返事が返ってこないんだもん。また黙って出かけちゃったのかなって不安になっちゃって」
あ~、なるほど。つまりは私の自業自得というわけか。考え事に夢中になっていたせいで、全然気づかなかった。まあ、そういうことなら仕方ない。今度は私が気を付ければいいだけだ。
自分の中で反省し、ネイビーが来た理由を聞こうと思うと先にネイビーの方から話をされる。
「で、誰と一緒に行くの?」
「へ?」
まさかその話を掘り下げるとは思わず、間抜けな声を出してしまう。しかし、ネイビーには追及の手を緩める気はないようで、顔を近づけながら聞いてくる。
「まさか一人で行くわけないでしょ? 誰と行くの?」
「——と、友達かな」
まあ、嘘ではない、いや嘘か。問い詰められた私は、それでも本当のことなんて言えるわけもなく、咄嗟に出た嘘は陳腐なものだった。ただネイビーはその答えの先を聞くことはなく、『そう、信頼出来るお友達できたんだね。良かった』と納得してくれた。
その顔はまさしく大人のお姉さんという感じで、昔から私を知っているネイビーだからこその表情であった。そう言えば、ネイビーは私と7歳差だから、今は22歳か。
そんな彼女から醸し出される大人の色気が、優し気な微笑みが、私の心臓を打つ。どくどくと流れる血を感じながら、その姿を見ていると一つの疑問が浮かんできた。
えっ、もしかしてネイビーって彼氏とかいるのかな? ぐぅ、もしネイビーに彼氏がいたら素直に応援できる気がしない。でも冷静に考えて、こんなに健気でいい子が逆にフリーなことある?
いないわけがない、でもいてほしくない、ああでも……と無限ループにはまり、黙り込んでしまった私をネイビーは不思議そうに見ている。
「ど、どうしたの、ルイス?」
ああ、またネイビーに心配させてしまった。人の恋路に首を突っ込むなんてしてはいけない、しかも私とネイビーは主従関係、殊更に気をつけるべきだとは分かっている。でも一度気づいてしまえばその疑問は頭を離れることはなかった。
折衷案として、直接聞くんじゃなくて間接的に聞いてみることを思い付いた。はっきり答えを言われないようにする、ずるい方法かもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「ね、ネイビーは、祭りのとき何か予定はある?」
ネイビーが答えるまでの僅かな間が私には永遠にも感じられた。私は唾をごくりと飲み込みながらネイビーの言葉を待った。
「お仕事かな。休みのタイミングじゃないし、こっちには一緒に回る人がいないから」
ネイビーはそう答えると、顔を上げてどこか遠くの方を見るような仕草をする。そうだ、ネイビーは私のために領地にお父さんを置いて着いてきてくれたんだった。そんなネイビーに対して、私はなんてことを。自分で自分が恥ずかしい。
それと同時にどこか安心している自分もいた。一緒に回る人がいないということはつまり、彼氏がいないということだろう。本当に良かった。
それなら、ネイビーと一緒に祭りを回るのはどうだろう? 確かイベントは最終日だったからその日以外なら空いているし、一度下見にも行っておきたかった。それに何より、いつもお世話になっているネイビーに日頃の感謝を伝えるのにもちょうどいい。
「じゃあさ一日目、俺と一緒に回らない? 約束があるのは三日目だから、一日目は空いてるし、俺の方から父上に伝えとくから」
そう伝えると、ネイビーは少しきょとんとした顔をした後ですぐに返事をくれた。
「ありがとう。じゃあその日はエスコートよろしくね?」
うわ、何その破壊力満点な笑顔。私がただの男の子だったら勘違いしてしまいそうなほどだ。でも前世のおかげで女心が分かる私は、勘違いなんかしない。
ネイビーは誰にでもこういう笑顔を見せられる子なんだ。いやそれもそれでなんか嫌だな。まあ、優しい女の子なんだってことで手を打とう。
父上に報告したり、作戦の細かいところを詰めていくと、あっという間に月日は流れた。そうして、冒頭の場面につながるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます