第48話






 エリーとの約束が頭の片隅にあったせいか、普段よりも授業の進みが遅く感じた。先にエリーが連絡を入れていたのか先生たちも特に動揺を見せず、大きな混乱もないまま昼休みを迎える。


 学園には食堂があり、貴族が日常的に食している宮廷料理から平民の家庭料理まで幅広い料理が提供されている。無論、公爵家たる私が平民の料理を食べることなど許されず、完璧なテーブルマナーで貴族の料理を食べるほかないのだ。


 いつも何かと声を掛けてくるアランも昼食時は話しかけてくることはなく、大抵キナと一緒に仲良く談笑しながら素朴な料理を食べている。そういうことで私は今日も一人寂しく昼食を終え、指定された場所へ向かう。


 いつの間にか机に置いてあった紙に書いてあったのだ。筆跡からエリーだということは分かったが、本当にいつ置いたのか、謎である。そうして待つこと十数分、前世に比べると長めの昼休みも半分を過ぎた頃、ようやくエリーの姿が見えた。


「遅かったな」

「いろいろしがらみがあるのよ。逆にどうして貴方は一人でいられるのかしら?」


 ぐっ、ちょっと嫌味を言っただけなのに、思わぬカウンターをくらってしう。べ、別にボッチじゃないし、友達だって作ろうと思えば作れるし、と心の中で反論する。しかし、エリーはそんな私に目もくれず、さっさと本題に入ろうとする。


「正直聞きたいことはいろいろあるけれど、時間もないし先に伝えなきゃいけないことだけ伝えるわね。——昨日、私を襲ったやつらは全員発見されたわ」


 エリーが言うには、昨日家に着いた後すぐに家のものを出して奴らを探しにいったのだそう。全員捕まったかと私が一安心するも、それは一瞬のことだった。


「ただし、全員死んでいたらしいの」

「えっ?」


 確かにひどい出血をしていた奴もいたけど、全員が全員死ぬほどではなかったはず。自決したのか? いや、そんなことをする気概があるようには見えなかった。私が疑問に思っているうちにエリーは続けて言う。


「剣による切り傷とは別に全員、心臓にナイフによる刺し傷があったそうなの。でも、現場にはそれらしい凶器は発見されなかった。入り口は私の魔法で凍ったままだったそうだけど、一部の壁が壊されていたんですって。だから、おそらく私を引き渡す予定だった相手に、口封じとして殺されたんでしょうね」

「なるほど」


 先手を打たれたということか。奴らを生かしたのはエリーの手を汚させたくないのもあったけど、情報を得たいという考えもあった。情報漏洩を阻止するためとはいえ、随分思い切りがいいんだな。


「あの男たちは結局切り捨ててもいい末端だったってことね。考えてみれば、魔法の腕も魔力量もそこそこで、ただの平民にしては強いといった程度だったわ。あの魔封じの手錠さえなければ攫われることもなかったし」


 口を尖らせながら言うエリーのその言葉はどこか言い訳じみていた。明らかに格下である奴らに負けたのが相当悔しかったのだろう。負けず嫌いな彼女らしい一面に微笑ましい気持ちになる。


 しかし、エリーのその発言は私が朝から疑問に思っていることでもあった。末端と言うことは誰かがそいつらに依頼をしたということだ。昨日はイベントだからと思考を放棄していたが、ここは現実なのだ。ゲームではルイスが家に決められた婚約者を疎ましく思ったから、そのならず者たちを雇ったはず。じゃあ、今回は誰が雇ったのか? 私には見当もつかないので、何か知らないかとエリーに聞く。


「狙われた心当たりは?」

「あると言えばあるし、ないと言えばないわ。私の家には政敵も多いし、公爵家の一人娘ってだけで利用価値はあるでしょうけど、ここまで過激なことをしでかすような相手に心当たりはないわ」


 そう言い切ると、エリーは大きく息を吐く。よく見ればその顔にはクマが隠れており、昨日の疲れがまだ残っていることが分かる。誰が敵か分からない以上、弱みを見せるわけにもいかないのだろう。


「あの高価な魔封じの錠を持っていたことから高位の貴族か有力な商人が絡んでくるとは思うけど、いまいち相手の狙いが分からないのよね。あいつらの話からして私の命や体が目当てではないはず。私をどうするつもりだったのか分からないのが気持ち悪いわ」


 エリーは鳥肌でも立ったのか自分で自分を抱きしめるように腕を交差させる。無理もない、複数の男たちに襲われ、犯されそうになったのだ。トラウマになってもおかしくないほどの体験だ。心の傷は計り知れない。


 そんな彼女に私は何と言えばよいのか分からなかった。私たちの間に似つかわしくない静寂が流れていた。それを引き裂いたのは授業開始5分前を告げる予鈴だった。


「あら、もうこんな時間なのね。じゃあ、夏休みにまた訪ねに行くから」


 彼女は一方的に宣言すると私を置いて、一足先に教室へと戻っていった。先ほどまで震えていた彼女はどこにも見えなかった。どこまでも気高く強い人なのだと改めて思う。


 取り残された私は授業を受けに行く気も湧かず、近くのベンチに座り込む。一息ついたところで目を閉じ、昨日のことを思い返す。もし私が間に合っていなければ一体どうなっていたのか? それに相手の正体や目的と、分からないことだらけでモヤモヤする。


 この世界はゲームじゃない。そんなこと分かっていたはずなのに、まだ認識が足りていないのだと思い知らされる。それでもゲームと同じところはある。これからは原作通り進められるように、早く解決するといいんだけど。


 そんな私の願いとは裏腹に、事件は何も進展することはなく、学園は夏休みに突入した


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