第47話







 朝、目が覚めるとネイビーはまだ隣に眠ったままだった。いつもは私より先に起きて、私を起こしに来るので、寝顔を見るのは新鮮だ。安心したように眠っている姿は、普段よりずっと幼く見え、守ってあげたいと思わせる。


 私を抱きしめていた腕はすっかりほどけていたが、服の裾だけはしっかりと握られていて、逃げられないようになっていた。それだけ心配をかけてしまったことを再認識し、もう二度とこんなことはしないよう心に刻み込む。そんなことを考えながら寝顔を眺めているとゆっくりとその綺麗な深い紺色の眼が開かれていく。


「おはよう」

「うぇ、お、おはよう」


 ずっと寝顔を見られていて恥ずかしがるネイビーも可愛い。こうして隣で起きるのは、大抵行為をした後だからそれも相まってドキドキしてしまう。ぼーっとしていると、ネイビーにポンポンと叩かれる。


「はい、もう早く出て! 着替えて行かないと」

「分かったって」


 起きた後もぷんすか怒っているネイビーに見送られて学校へ向かう。今日帰ってきたときには機嫌が直っていると良いんだけど。そうして教室に着けば、すぐにアランが寄ってきて、声を潜めながら話しかけられる。


「昨日はすまなかった。あれから何か進展はあったか?」


 言葉を濁しているが、エリーの誘拐のことだろう。聞いてきたその顔は申し訳なさに溢れていた。仕方なかったとはいえ何もできなかったという罪悪感があるのだろう。アランのような正義感の強い人ならなおさらだ。


 ただ、私としてもなんとも言えない後ろめたさがあった。私には、アランが主人公以前に一人の人間だという意識が足りなかった。そのことが突きつけられた事件だったように思える。


「ああ、そのこと何だが、俺の勘違いだったようだ。どうやら情報の行き違いがあったようでな。昨日のうちに伝えられたら良かったんだが、すまなかったな」


 私がそう伝えると、アランは心底安心したように『あ~、良かった』と短く呟いた。無駄に気を揉ませてしまったからこのくらいはいいはず。後で、エリーとも口裏を合わせておかないと。


「余計な心配をかけさせてすまなかった」

「いや、何事もないならそれで良かった。その人は婚約者なんだろ? ならそれだけ敏感になるのも無理はないだろうよ」


 私の行動は傍から見るとそう思われるのか。それはそれで面倒な勘違いな気もするな。最終的には必ず破棄される婚約だからこそ、私の存在がエリーの足枷になってほしくない。アランと二人で話していると、そこに一人割り込んでくる人がいた。


「なになに? 何の話をしているのかな?」

「ああ、リオンか。……いや何、ルイスが婚約者のこと好きなんだなって話をしてたんだよ」


 アランはそう言うと、私にウインクをしてくる。誘拐のことをごまかしてくれたからだろうけど、そのごまかしかたは雑すぎないか?


「ふぅん、そうだったんだ。それは知らなかったな」


 ほら、1,2ヶ月で慣れたのかフランクに接してくるようになったリオンが怪しむような目でこちらを見てくるじゃないか。アランと違って私のいろんな噂を聞いているリオンにとって、その情報は疑わしいものなのだろう。


「アランが勝手に言っているだけだ」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」

「ルイス君の婚約者って言うと、エリザベート様だよね? 今どき幼いうちから婚約なんて珍しいと思ってたけど、そんなに仲良かったの?」

「別に普通だ」


 ここで変な噂でも流されてしまうと、今までの噂との兼ね合いがおかしくなってしまう。そのため、毅然とした態度で否定していると後ろから声が聞こえた。


「私がどうかしたのかしら」

「エ、エリー」


 その声は冷え冷えとしており、さっきまでの和やかな空気が一気に霧散し、周りの温度が5度くらい下がったように感じた。


「あ、俺は用があったんだった。じゃあな」


 流石のアランも人を寄せ付けない様子のエリーには気さくに話しかけたりはせず、逃げるようにして去っていった。それもそれで失礼だとは思うが、まあ賢明な判断だろう。残されたリオンはと言うと、特に怖気づくこともなく話しかける。


「エリザベート様とルイス君が婚約しているのが珍しいと話しておりまして」

「へえ、そうなの。確かに私たちの世代では他に聞かないわね」


 そう、貴族社会である今世ではあるが、小さい頃から婚約するのはもう主流ではないのだ。せいぜいが10歳から、それも本人たちの意向もそれなりに考慮される。だからこの婚約に関しても、ゲームの強制力なのだろうと思う。


「それでも人の婚約に対してあれこれ言うのは、褒められたことではないわね」


 エリーは別に責める気もなくただ純粋に意見を述べただけだと昔からの付き合いである私は分かるが、リオンはそうは思わないだろう。醸し出す雰囲気が悪すぎるのだ

。このままではリオンも萎縮してしまいそうなので、すかさずフォローを入れる。


「すまない、エリー。俺の方から話題に出したんだ」

「そう、まあいいわ。ああ、後、学園内でははいらないわ。貴女は私の派閥ではないし、平等であるべきでしょうから。ね? リオンさん」

「そうですか。では以降気を付けようと思います、エリザベートさん。——じゃあ私もこれで」


 そう言ってリオンも去っていった。社交性の高いリオンであっても、エリーと仲良くなるのは時間がかかりそうだ。エリーは誤解されやすい子なので、ぜひ仲の良い友達ができるといいんだけど難しいものだ。


 エリーももう会話はないといったように歩いていったが、去り際に『昼休み、時間作りなさい』と言われる。何か返そうと思うもその時はすでに、エリーは遥か下におり、有無を言わせない立ち回りだった。本当にエリーらしい行動で思わず笑みがこぼれてしまう。昨日のことは微塵も見せないその自信に満ち溢れた後ろ姿を見て安心した。







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