第46話
ルイスたちが去った後、倉庫に近づく三つの人影があった。闇から出てきたように彼らはその全身を黒のローブに包んでいた。雲が月を隠して真っ暗な中、彼らは倉庫の入り口に行き、ようやくその異常に気付いた。
「なんだあ? この氷は?」
マルクはそう叫び、自慢の火魔法で溶かしにかかろうとするが、その前にボスが手を出し、制止する。
「待て、むやみに魔力の痕跡を残すな。これはエリザベート嬢によるものだろう。つまり彼らは失敗したのだ。じきに追手が来る」
「す、すまねえ」
「謝罪はいい、どこか脆いところを見つけろ。そこを壊して中に入るぞ」
「はっ」
彼らは壁の薄いところを力づくで壊し、侵入する。そうして、彼らは中の惨状を目にする。そこかしこに血が飛び散り、六人の男たちは全員が地に付していた。さらに中を見れば破壊された手錠が転がっており、ボスの読み通り作戦の失敗を告げていた。
「くそがっ! この役立たずどもめ!」
「やめろ。品位に欠ける行動をするな」
憤るマルクに対し、ボスはあくまで冷静に淡々と注意する。いつもと変わらぬボスの態度に男も冷静さを取り戻す。その声で意識を取り戻したのか、頭と呼ばれたびしょぬれの男が体を起こす。その動きは緩慢で、痛みをこらえているように見えたが、ボスの姿を確認した瞬間、痛みを無視して立ち上がる。
「だ、旦那。すまねえ」
「ここで何があった? 貴重な魔封じの錠まで破壊されて」
ボスの声は優しく問いかけているようだったが、その裏に隠された激情に気付かないものは誰一人としていなかった。隣にいるマルクでさえも冷や汗を流すほどのプレッシャーを直接身に受けた頭は息を荒げながら必死に答えた。
「あ、あいつが、ルイスが突然現れたんだ!」
「ふむ」
ルイスという単語が出てくると、その場の空気はがらりと変化した。先ほどまで息が詰まるほどの重圧をかけていたボスは思案する顔になり、マルクと頭はそろって息を吐く。それから一瞬遅れて、頭は今の自分の状況を思い出し、そこに活路を見出したのかさっきとは打って変わって饒舌に話し出す。
「そうなんですよ。旦那たちに言われた通りあいつとは敵対しないようにしたらこの体たらくでさあ」
へらへらと笑う頭に対し、マルクは嫌悪感を隠せない。しかし、ルイスが来たというのはどうやら本当のようで混乱したままボスに質問する。
「どうやってここまでルイスが?」
「何、驚くことでもあるまい。彼も我々と同じ方法で移動してきただけだろう。言ってしまえば彼の方が本家のようなものだ」
「なるほど」
ボスは即座にその疑問に答えてみせ、マルクは疑うこともなく納得する。とはいえ、場所を特定できたという謎は残ったままであるもののボスはそれについて言及するつもりはなかった。
「へ、へへっ。だ、旦那。次はもっとうまくやるんで」
「次だと?」
「へい。旦那がくれたこあの錠、い、いや、この札さえあればどんな依頼も楽勝ってもんですよ。今回だって、門の守衛にこれを見せたらごまかせやしたし」
そう言いながら頭は懐から一枚の札を取り出す。そこには、魔方陣がびっしりと書き込まれており禍々しさに満ちていた。
「そうだろうな。それはまやかしの札と言ってな。魔王様の魔力を解析し、再現した闇属性の魔道具なのだよ。素晴らしい効果を発揮しただろう?」
「そ、そりゃもちろんですぜ。だからっ、がはっ……えっ?」
「もう喋るな。耳障りだ」
「うっ、えっ、あ」
頭は徐々に体を支えられなくなり膝から崩れ落ちるように倒れる。違和感を感じて体を見れば胸に穴が開いていた。慌てて、周りを見渡してみると、自分の手下たちも同じように胸から血を流して、ピクリとも動いていないことに気付く。
いつの間にか一人の女が、ボスの隣に傅いていた。その手には真っ赤なナイフが握られており、その血は未だに鮮やかに妖しく輝いていた。
「ご苦労だった。イミュ」
「はっ、ありがたき幸せ」
ああ、そうか。俺らは切り捨てられたんだ、頭はようやくそのことに気が付く。しかし、気付くには遅すぎた。もはや何をすることもできず、目の前の男を恨みながら頭は息絶えた。
ボスは、頭が動かなくなったことを確認し、その手にある札を奪い去る。
「これは貴重なものだからな。返してもらおう」
ぱっぱっと、ごみを払うかのように札を振るとボスは懐にしまい込む。後から来た三人以外、動くものがいなくなったことで少し気が抜けたのか、ボスは軽い独り言を口にした。
「エリザベート嬢を手に入れることができれば良質な魔力タンクとなっただろうに」
「すまねえ、ボス。俺がもっと上手く作戦を立てられていれば」
「ああ、責めるつもりはなかった。すまないな」
それにしてもルイスが助けに来るのか、とボスは心の中で疑問を呈する。キナによる定期報告では、二人の間には会話や談笑もなく、仲が良い素振りも見せない典型的な政略結婚だろうとのことだった。
そのため今回の作戦は複数の目的が絡み合ったものとなった。公爵令嬢を攫うことで現行の社会に不安とダメージを与えながら、我々は魔力を得る。さらに、不本意な婚約をなくすことで、ルイスには恩を売れる。そんな計画だったが、ルイスが助けに来たとなると前提が覆る。
噂では、公爵の身分を振りかざし女生徒に対し好き放題する放蕩息子ということだったが、自ら婚約者を助けに来るとは随分殊勝なことだな。まあ、残念ではあったが、ルイスと敵対する方がまずい。今回のことは諦めるほかない。ボスはそう結論付けた。
「どうやら我々は焦り過ぎたようだな」
語り掛けるようなボスの言葉にマルクとイミュは静かにその続きを待つ。
「我々はもう何年も待った。もう少し待つことくらい別に苦でもないだろう? 何、試算では後三年ほどで魔力は貯まる。今はじっと潜伏して、情報を集め、時期を待つことにしよう」
「「はっ」」
そうして三人のローブの集団は全ての痕跡をなくした後で、その場から立ち去る。しばらく何もない道を行き、倉庫が見えなくなったところで、彼らは影に溶け込んだ。そうして、夜は普段通りの静けさを取り戻す。
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