第45話







 屋敷に着いた頃、月は傾き始めていた。エリーの件を聞いたからなのかそれともいつも通りなのか、屋敷の周りにはロベリヤ家の私兵が立っていた。彼らにばれないように庭からこっそりと部屋に入る。


 ふぃー、今日はつかれた。お風呂に入りたいけど、それは難しいだろうから、着替えだけして今日は寝よう。そう思いベッドの方へ目を向けると、一つの人影が見えた。


「ルーイースー?」

「っつ」


 ああ、びっくりした。目を凝らせばそこにネイビーがいることが分かった。その目は吊り上がっており、怒っているようだった。今部屋に入ってきたという一縷の望みに賭けて普段通りに声を掛けてみる。


「あはは、な、何か用かな?」

「用? それなら、体調悪いって嘘ついて夜遊びしてた悪い子がどこにいるか教えてほしいな?」


 やばいやばい、思った以上に怒りのレベルが高い。ネイビーはこんな風にねちねち怒るときが一番怖いんだよ。ど、どうしよう? ……というか朝まで入ってこないでって言わなかったっけ? そうだよ、先に約束を破ったのはネイビーじゃない? ならそこを上手く攻めれば、丸く収まるかも。


「で、でも、朝まで誰も入れないでって言ったよね」

「そうだね。ルイスの看病のためにと思って、入った私が悪かったよね」


 うぐっ、そう言われると何も言えなくなってしまう。改めて部屋の中を見ると、もう濡らされたタオルや簡単な夜食が用意されており、純粋に私を心配してくれたことが分かった。その時点で私の負けは確実だった。……ってか、ちょっと待って、そしたらネイビー以外にもばれてるのか?


「じゃ、じゃあ父上にも伝えたの?」

「ううん。ルイスのことだから何かバレちゃいけない理由があるのかなって思って黙っておいたよ」


 流石はネイビーだ。私のことをよく分かっている。考えれば、もう10年来の付き合いになるのか。そんな家族同然のネイビーの信頼を損なったと思うと、より辛くなった。


「それでも、ううん、だからこそ、私には一言欲しかったな」


 ネイビーの顔をよく見ると、一筋、涙の跡が見えた。私がいなくなってから、相当心配させてしまったのだろう。その言葉にはとても重みが籠っていた。


「ごめん、ちょっと用事があって。黙って出て行ったことは申し訳ないと思う」

「用事って何?」


 うーん、なんて言えばいいんだろう。包み隠さず言うことは流石に難しい。更に、心配かけることもさせたくないし、かと言って上手い言い訳も思いつかなかった。そうして私が言い淀んでいると先にネイビーが口を開く。


「分かった。いいよ、言わなくて」

「い、いや、違うんだ。ネイビーを信じてないとかそう言うことじゃなくて」

「何が違うの? まあ、ルイスが私に言えない秘密があるのは仕方ないと思う」


 ネイビーはどこか諦めたような笑みでそう言った。確かに、公爵家のことやゲームのことなどいろいろネイビーに伝えられないことはある。でも、そんな顔を、そんな悟ったような顔をさせたくはなかった。でも、だからといって私にはどうすればいいか分からなかった。


「……っているの?」

「っえ?」

「だから、本当に申し訳なく思っているの?」

「あ、ああ。本当だ。用事はともかく、外に出ることは言っても良かった。いや、言うべきだった。本当に申し訳ない」


 じとーっと湿度の高い目でじろじろ見られるが、この気持ちに嘘偽りはなかった。しばらく、そうして私のことを見ていたネイビーだったが、腰に手を当て一つ大きなため息をついて、話し出す。


「分かった。これからは先に言ってね。そしたら私も心の準備もできるし、いろいろサポートできると思うから」

「あ、ああ。これからはそうする。許してくれてありがとう。」

「許す? 何を言ってるの?」

「えっ?」


 まだ何かあるのかと戦々恐々していると、ネイビーは力強く宣言した。


「今日は罰として私と一緒に寝ること。そうしたら許してあげる」

「そ、そんなんでいいの?」

「何? もっときついのがいいの?」

「い、いや、それでお願いします」


 可愛らしく睨みつけてくるネイビーに対し必死で手を振って意思を表明する。全然罰にならないし、むしろ毎日でもお願いしたいぐらいだ。それでネイビーの気が済むならそうしよう。ネイビーに心配をかけたのは事実なので、しばらくは好きにしてあげよう。


 そうして、着替えを済ませてネイビーと二人ベッドに入り込む。一人で眠るには大きなベッドだが、二人で眠るとちょうど良かった。そのまま眠ろうと思ったら、ネイビーに前からギューッと抱きしめられる。


「ネ、ネイビー?」

「何? 罰なんだから文句言わないの」


 いや、文句なんてあるわけないけどネイビーはそれでいいの? ネイビーの柔らかい胸が顔に押し付けられて、心地よい息苦しさに襲われる。その甘い香りが鼻腔をくすぐり、心臓の鼓動が私を安心させてくれる。そうして、どこか遠くでおやすみの声を聞きながら、私はいつの間にか眠りについていた。




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