第31話





「これから、来週の課外授業に向けて剣技の訓練を執り行う」


 そう言ったのは、筋骨隆々な姿を惜しげもなく披露しているケヴィン先生だった。実はこの学園には貴族の先生の方が少ないということが、この数週間で分かった。平民の教師なんか貴族の子女たちの神経を逆なでするだけで必要ないのではと思っていたけど、よく考えてみればむしろ貴族の教師の方が生家に囚われて難しいのかもしれない。


「よし、全員木剣は持ったな? じゃあ、男女に別れてそれぞれ二人組を作ってくれ」


 ぐっ、それはボッチに効く魔法の言葉じゃないか。そんな素振りを見せることはないけど、心の内では古傷をえぐられるような気持ちだった。日本では、友達はいたけど私を含めて3人で行動することが多く、2人組を作るといつも私が余るのだ。クラスの誰かが休んで全体が奇数人になったとき、先生と組んだのは今思えば良い思い出だ。


 って、そんな感傷に浸っている暇はないんだった。なぜならば、今回の授業はゲームに関係するものだからだ。イベントでこそないものの、剣の訓練で主人公に恥をかかされたのが嫌がらせをするきっかけとなったとルイスが独白しているシーンがあった。完全に逆恨みでしかないけど、ルイスのプライドの高さから妙に納得したのを覚えている。そんなこともあって、私は勇気を出してアランに話しかけた。


「アランと言ったか? 俺と組んでくれないか」

「えっと……ルイス、で合ってるよな。もちろん」


 とりあえず、組むことができて安心する。昔の私だったら緊張して話しかけられなかったかもしれないが、ルイスの口調を真似するだけで自分も自信がみなぎるような気がするのだ。


 しかし、あれだな、主人公はホントに礼儀や世間というのを知らないのだな。私が公爵家、そうでなくとも貴族ということを考えれば自ずと接し方など分かりそうなものなのにこの対応とは恐れ入る。学園では身分が平等ということをそのまま信じているのか、それとも単に何も考えていないだけか。まあ、主人公の性格からして後者なんだろう。主人公の村は僻地にあって管轄の貴族もほとんど顔を出さないから貴族の存在を知らないまま育ってしまったと説明にあったはず。まあ、そんな良い意味で世間知らずなところがヒロインたちには輝いて見え、ルイスにはウザく思えたのだろう。


「皆、二人組ができたようだな。では、打ち合いを始めてくれ」

「よしっ、じゃあ始めるか。よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」


 素振りも何もなく打ち合いから始めるのは狂っているように思えるが、ここにいる時点ですでにそれなりの心得はあると判断したのだろうし、実際間違ってはいない。魔法はいくら便利だからと言ってそれだけで戦うことは基本しない。放出系の魔法は魔力消費量が多く、連戦には向かないからだ。だからこの世界では剣や弓矢に自分の属性魔法を纏わせるのが基本の戦い方となる。魔力量が多く消費魔力量を抑えることのできる者はその限りではないが、その時にはすでに剣の振り方は習っている。


 カン、カン、という木剣同士がぶつかる軽い音が修練場に響く。準備運動も兼ねて私たちも軽く打ち合っていた。先生は見回りながらアドバイスをかけているのが見えた。少し先生が離れた頃、アランがタイミングを見計らって打ち合いながら私に声をかけてきた。


「初めまして、だよな? どうして俺を誘ってくれたんだ?」


 どうして? それはお前が主人公で私が悪役だからだけど、そんなことは言えない。何か言い訳はないものだろうか? 剣を交えながら必死に考える。


「ん? どうした?」

「……巷で噂の英雄様に興味があってな」

「なるほど、でも俺は英雄なんかじゃないぜ。あの日のこともたまたまさ」


 どうやら乗り切れたようだ。疑われることもなく


「何、謙遜することはない。素晴らしいことじゃないか」

「ははっ、ありがとな」


 いちいち受け答えが爽やかなんだよなあ、こいつ。主人公らしさ満開だ。憎たらしいぐらいに顔も良いし、私がデブでも偏見ないんだよな。そりゃ、ヒロインたちにも愛されて当然だわ。


 まあいいや、私にだってネイビーがいるし、ヒロインたちを幸せにするのは私にだってできる。そのためにもここで無様に負ける必要がある。と言っても私の剣の実力は相当なものらしいからいい感じに負けたふりをすることになるだろうけどね。そんなことを考えながらアランに話を持ち掛ける。


「少し本気を出してみないか?」

「本気?」

「ああ、かの英雄様の剣の実力のほどを知りたくてね」

「英雄なんてよしてくれ。そんな柄じゃない。——ただ、そうだな。このままやってても退屈だし、やってみようか」


 そう言うと、どんどん動きが加速していく。私もそれに合わせて剣を振るう。ガギン、ガギンと木剣からは考えられないような鈍い音が聞こえてきた。くっ、一撃一撃が重い。途中までは余裕で受けられていたのに今はついていくのが精一杯だった。なっ、まだ速くなるのか。ど、どうして?


 あっ、しまった、油断した。ガンッと一際高くそれでいて鈍い音が響く。世界が遅くなったように感じる。私の手から木剣が弾き飛ばされていくのがゆっくり見えた。気づけば私は尻もちをついていた。


「すまん、少し昂りすぎた。大丈夫か」


 そう言いながら、手を差し伸べられた。しかし、私はそれに構うことは出来なかった。意図してルイスのふりをしたわけではなかった、ただ私のなけなしのプライドがそれを拒んだのだ。


「必要ない。大丈夫だ」


 手を払いのけながら私は自分で立つ。いつの間にか先生まで近くに来ていて、私たちの心配をしていた。それがまた私の惨めさを際立たせた。


「二人とも無事か?」

「先生。俺は大丈夫なんだけど、ルイスが——」

「問題ない。……いや、今日は早退することにしよう。ケヴィン先生、いいだろうか?」

「あ、ああ。この後は剣に属性魔法を纏わせる練習をするつもりだったが、ルイスはできんだろうしな。早退を認める。もし、後で何かあるようなら相談してくれ」


 ズボンに付いた汚れを払いながら私は立ち去ろうとする。


「ルイス、すまなかった」

「……気にするな」


 そうして私は、修練場を後にしてそのまま家路へ着いた。望んだ結果だというのにどうしてかこんなに悲しかった。

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