第30話
夜の帳が完全に降りた頃、王都の中央から少し離れた静かな郊外で、地下へと続く階段を下りる一つの小さな影があった。コン、コン、という軽い音が暗い夜空に溶けていった。影が扉に手をかざすと、扉は音もなくひとりでに開き、影はそのまま中へ進む。部屋の中には四つの影が円卓を囲むように待ち構えていた。彼らは皆一様に黒のローブを身に纏い、フードを深く被り目元を隠していた。厳かな雰囲気が部屋を支配していた。最後の扉の正面に座っている男が、重々しくその口を開く。
「よく来てくれた。では報告を」
一際小柄な影は、疲れかあるいは緊張からか体を震わせていたが、一呼吸置いて冷静に答え始めた。
「はい。ワイバーンを倒した青年ですが、アランという名の平民でした。魔力の量は凄まじいものですが、魔法の質はそれほどではなく、先の魔法もただ魔力量にもの言わせたものでした。また、我々と敵対しているわけではなく、たまたまその場に居合わせたため撃退したようです」
女の言葉に感情はなく、淡々と事実のみを述べていた。その事務的な報告に扉の近くに座る男が嚙みついた。
「魔力量だけで、ワイバーンを倒したってか? ふっ、そいつは傑作だな」
言葉とは裏腹に不機嫌そうな様子を隠そうとしない男。その男に釣られたようにその隣に座る女も不満をこぼす。
「あのワイバーンを手に入れるのにどれだけ苦労したことか。王都を壊滅とまではいかないにしろ、ある程度混乱を引き起こせると思っていたのに、結果はこれ。最悪よ」
「どっかの誰かは完璧な作戦って言ってたけどなあ? 不安を煽るどころか新しい英雄の誕生に一役買って完全に逆効果になってるじゃねえか。挙句、王都での警戒が強まる始末。なあ、どうしてくれるんだ?」
男は非難の眼を女に向ける。しかし、それに女も負けじと反論する。
「何よ? あんただって計画の時は賛成してたじゃない。だいたいそんなやばいやつがいるなんて知らなかったんだから仕方ないじゃない。そんなこと言うんだったらあんたは何か良い案があるわけ?」
「ああ? 思いつかねえなあ? 俺らを不利にするような案はなあ?」
「はあ?」
「マルク、ナディア。そこまでにしろ」
そこまで大きい声ではないのに男のその声は部屋中に響き渡った。冷え冷えとしたその声は残酷さをにじませていた。それ以上は許さない、そんなプレッシャーをひしひしと感じさせた。二人も本意ではなかったのだろう、すぐに冷静さを取り戻し、謝罪の言葉を口にする。
「ボス。分かったよ、俺が悪かった」
「私も、言い過ぎたわ」
ボスと呼ばれたその男は二人の言葉を聞き、プレッシャーを霧散させ、今度は優しく、皆に確認するように語りかけた。
「ここに集う我々は志を同じくする仲間だ。いがみ合う必要はない。——それで、報告はそれだけじゃないだろう?」
「は、はい。言われた通りリオン・シャスタを見ていたのですが、やはりこちらについて何か知っているようで情報を探っていました」
先ほどのやりとりが怖かったのだろう、恐る恐ると言った様子で少女は答えた。ボスは予想通りと言ったように頷き、返事をする。
「なるほど、親から何かしら聞いたのだろう。やはりシャスタ家は面倒だな。今年に入ってからすでに何人も仲間がやられている。ここいらで一つ釘を刺しておかねばなるまい」
「そ、それと、ルイス・ロベリヤに接触されました。特に私たちのことを言及されたわけではないのですが、牽制された可能性があります」
ルイスという言葉が出した途端、報告した少女は部屋の空気が変わったのを感じた。彼らがそれだけルイスを重要視していたのがその態度から伺えた。
「ルイス……。闇属性の彼が我々に協力してくれれば計画は大きく前進すると言うのに」
誰に言うでもない独り言のようなボスの言葉に今までずっと静寂を守っていた女が反応する。
「申し訳ありません。私があの時勧誘に成功していればこんなことには」
しかし、ボスはそのことを責めるでもなく明るい声で答える。
「気にするな。香は焚いていたんだろう? なら仕方ないさ。貴族の坊ちゃんらしく甘やかされて育てられてきたんだろう。でも、じきに現実を知ることになる。その時にまた勧誘すればいい。そのためにキナを学園に送り込んだんだから」
そこでボスは一度言葉を区切ると、机の上で手を組んで、キナと呼ばれる少女を真っすぐ見据えた。
「報告は分かった。シャスタ家の対応やルイス君についてはこちらで何とかしよう。キナは引き続き、そのアランという青年についてくれたまえ。ワイバーンを一撃で倒した彼がこちらの戦力になれば心強い。平民である彼なら勝算もある。ただ、焦ることはない。まずは信頼を得ることだけを第一に考えるんだ」
「はい」
「うん、いい返事だ。じゃあ、キナはもう帰っていいよ。せっかく学園に入れたんだ。ばれるのはもったいない。くれぐれも気を付けるんだよ」
優しく微笑みかけられているはずなのに、キナは寒気が止まらなかった。一刻も早くこの場から離れたいという気持ちを表に出さないよう、注意しながら話す。
「分かりました。それではこれで失礼します。世界に終わりを」
「ああ、世界に終わりを」
暗く深い王都の闇はまだ誰にも見つかることはない。
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