第29話






 学園生活は順風満帆と言うほかなかった。授業は専門的なことも多かったけど、すでに家で死ぬほど学んでいた私にとっては特に難しい内容でもなかった。魔法理論の話なんかは参考になる部分も多く、話す友達がいないことを除けば前世の学校生活よりよほど充実した生活だった。


 そんな中、私はある噂を積極的に流していた。それは私が学園に通っている女子を手籠めにしているというものだ。もちろん自分で話しているわけではなく、闇魔法を使っていい感じに噂を広げていた。闇魔法はこういうことには便利だと思う。万全を期すなら何人も実際に犯したりする必要があるかもしれないけど、流石に被害者が多すぎるし、面倒だからこんな方法を取っているのだ。それにそんな暇もないのだ。


 実は今も週に2,3度くらいのペースでネイビーと行為をしている。前世が女だったのはかなりのアドバンテージで、どうすればネイビーが悦ぶか手に取るように分かった。ネイビーがイきそうなときのあの切ない声を思い出すだけで……。ネイビーのような可愛くて性格も良い女の子としているから、他の女とする暇なんてないのだ。


 そんな順調な生活にも一つだけ懸念があった。それは主人公であるアランと一緒にいる女の子のことだ。その子がヒロインのうちの誰かであれば万々歳なんだけど、そうじゃないのだ。


 エリーは私と同じように基本ボッチだ。ただ私は嫌いだから避けられているのに対し、彼女は高潔で恐れ多くて話しかけられないという似ても似つかない差がそこにはあった。まさに孤高、高嶺の華と言った感じだ。


 聖女という複雑な立場にあるセリも基本一人でいることが多い。ただ、エリーよりは話しかけやすいのか一部の勇気ある女子が話しかけているところをたまに見る。おっとりとした性格で周囲に癒しを与える彼女は徐々にクラスに打ち解けていくことだろう。


 ヒロインのうち、唯一爵位もそこそこで性格もフレンドリーなリオンはそうそうにクラスに溶け込んでいて、主人公ともよく話している姿を目にした。それだけ見ればやっぱりリオンルートなのかと思ったときもあったけど、それ以上にアランとべったりくっついている女子がいるのだ。移動教室の時も魔法の訓練で二人組を作る時もいつもいつもその子は横にいて、仲睦まじくアランと話している。これでは、たとえリオンルートに入ったとしてもその子が邪魔になってしまうかもしれない。


 その子の名前はキナ。平民でありながら、この学園に通えている時点でかなりのエリートだが、正直ぱっとしない子だ。ヒロイン並みに可愛いっちゃ可愛いんだけど、魔法や勉強が飛びぬけてできるわけでもなく、これと言った特徴の無い子なのだ。もちろんゲームでも一切見たことはない、所謂モブの一人のはずだ。しかし、現状主人公と一番仲が良いのはこの子なのだ。同じ平民同士だから気や話が合うのだろうが、それでは困る。主人公はちゃんとヒロインとくっついてくれないと魔王が倒せないかもしれない。ゲームの強制力にはもう少し頑張ってほしい。


 そんな時、私はある一つの予想を思い付いた。もしかしてこの子も転生者なんじゃないかと。そうであれば、ここまでゲームと違う行動を取る理由も分かる。だとしたら、早いうちに釘を刺した方が後々面倒くさくならないだろう。私は先手を打つことにした。


 そうして私は授業が終わった後、校舎裏で待っていると、緊張した面持ちでこちらに向かって歩いてくるキナの姿が見えた。敵対心を持たれないように慎重にかつフレンドリーに彼女に話しかけた。


「やあ、キナ。呼び出しに答えてくれて嬉しいよ」

「い、いえ、滅相もないです。そ、それで話と言うのは?」


 プルプルと小動物のように怯える彼女。チビである私より拳一つ小さい彼女のそんな姿を見ているといじめているみたいで心が痛くなる。安心させるように私は語りかけた。


「何、そんなに怯えなくていい。少し聞きたいことがあるだけだ」

「き、聞きたいことですか?」

「ああ、そうだ。単刀直入に言う。君は転生者だね?」

「……何と?」

「とぼけなくていい、君が転生者だということはすでに調べがついている」


 実際は予想にすぎないけど、強気に出た方が舐められないだろう。ここまで言えば彼女、あるいは彼かもしれないけど正直に言ってくれるはず。そんな期待を裏切って彼女は答えた。


「あの、すみません。本当に何のことでしょうか?」


 くっ、あくまでしらを切るか。そのきょとんとした顔は本当に何も知らないかのように見える。仕方ない、できれば使いたくなかったけど、本音を言わせる魔法を使うほかないか。こっそり魔法を発動しながらもう一度問いかける。


「君は転生者なんだろ?」

「すみません、あの、本当に知らないんです。許してください」


 ん? あっれー? 思ってたのと違う反応が返ってきたな。……もしかして、単純に私が早とちりしただけ? だとしたら恥ずかしすぎる。私の新しい黒歴史がまた一つ生まれてしまった。


「ぐっ、ぐおー」

「あ、あの大丈夫ですか?」

「く、今聞いたことは全て忘れるんだ」


 やばい、反射的に闇魔法を使ってしまった。……まあ使ってしまったものは仕方ない、少し彼女に負担をかけてしまうことになるが後遺症の出ないように慎重に今の会話だけ記憶から消すように魔法をかけた。しばらく虚ろな目をしていた彼女の焦点が合う頃には冷静さを取り戻せた。


「すまないな、呼び止めてしまって。俺の勘違いだった。もう行っていいよ」

「は、はあ。では失礼します」


 何が何だかといった様子の彼女を見送り、一人になると恥ずかしさがぶり返してきた。何が、『君は転生者なんだろ?』だよ。決めつけておいてこれは恥ずかしすぎる。誰もいない校舎裏で一人のたうち回っていた。


 ようやく落ち着きを取り戻した考えると、状況は変わってないことに気づく。意図的かそうじゃないかの違いだけで主人公と一番話しているのは彼女だってことには変わりがない。ぶっちゃけ主人公と付き合っていると言われても驚かないレベルなのはどう考えてもやばいだろう。釘を刺そうと思っていたのにどうしよう? ま、まあ、卒業までにはまだまだ時間があるし、イベントとかも起きてないから大丈夫。大丈夫だよね? 一抹の不安と消えない恥ずかしさを抱えながらそっとその場を離れた。

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