第26話





 あっという間に時は流れ、とうとう入学の日が訪れた。つまりいよいよゲームが始まるということだ。昨日は緊張で上手く眠れないかと思ったけどいつの間にか意識を手放していた。なんやかんや思うところはあるけど、結局私はあの可愛いヒロインたちに会えるのが楽しみなのだと思う。


 今は、入学式に向けて身支度をしているところだ。学園には制服もあるからそこますることもないんだけど、一つだけ必ずやらなきゃいけないことがあった。


「ねえ、ルイス? 何してるの?」


 その様子を眺めているネイビーに声を掛けられるが一旦無視して作業を進める。後は闇魔法をかけて、終了だ。


「これでよし」

「何がよしなの? これじゃおデブさんに見えるよ?」

「ちゃんとそう見えてるか?」

「えっ? あ、うん。見えるけど。そうじゃなくて、どうしてそんなことをしているのかって聞いてるの」


 若干怒っているようにも見えるネイビー。それもそのはずで、私は今お腹に詰め物をしてさらにその上から闇魔法をかけ、自分がデブに見えるようにしているのだ。私の身の回りを言い付かっているであろうネイビーにとっては到底納得できることではないだろう。


 しかし、私としてもそうせざるを得ない事情がある。ルイスの設定はデブなのに、今の私は全くそうでないからだ。今まで筋トレを続けていたのにも関わらず、あんまり筋肉がついたようには思えないが、それでも体がスリムになる程度の効果はあった。そこで、そのギャップを埋めるために私が考えたのが、こうしてデブを偽装することだ。そのためにネイビーには、先週大量の綿を買ってもらっていたし、その言い訳も考えてある。私はこほんと咳ばらいをしてなるべく真面目そうな雰囲気を作った。


「ネイビー」

「な、何?」

「貴族に一番大事なのは何だと思う?」

「えっ? 魔力の多さとか?」

「それも一理ある。しかし、本当に大切なのは信頼出来る友を持つことだ」

「それとこれが何の関係があるの?」

「もし俺が多少太っていることで、下に見るような奴は友としてふさわしくない。そういう奴らを初めから排除するためにこうしてデブに見せかける必要があるんだ」


 自信たっぷりにそう言い切ると、『ん~? 本当にそうかな?』と歯切れ悪く返してきたので畳みかけるように『とにかく、今日からはこれでいくから』と宣言し、話を終わらせる。ネイビーは胡乱気な目で私を見つめてきたが努めてそれを無視して部屋を後にした。


 屋敷の外に出ると、そこからは学園までは馬車で移動する。学園までは徒歩何分かといった立地だというのにわざわざ馬車を使うなんて面倒でしかないが、体面や防犯の観点からそうせざるを得ないのだ。貴族はしがらみが多く、案外自由の少ないものだとつくづく思う。


 馬車から降りると大きな建物が目に入る。ここが、これから私が通う、そしてゲームの舞台でもあるカロメア王立学園だ。ゲームをプレイしていた時とまるっきり同じ画が見えて少し感動してしまう。誘導に従っていくと、卒業パーティを行うホールに着いた。魔王を討伐したり、ルイスを追放したり、ヒロインと踊ったり、そんなたくさんのイベントがあるここで入学式を執り行うのか。ゲームの聖地巡礼を行っているみたいで一人勝手にテンションを上げていた。


 だんだんホールに人が集まってくると、数人で固まってひそひそと話しているのが聞こえた。こういうところ無駄に性能が良いのがルイスの困ったところだ。その中には、私へのネガティブなものも含まれており、闇魔法の風当たりの強さを感じた。


 そんな中、先生らしき人から『静粛に』と声がかかった。式が始まるようだった。初めに、学園長である国王陛下からのお言葉とのことで、紹介の後、陛下が2階から現れた。何度かパーティで顔を見たことがあるが、いつ見ても精悍な顔つきをしており、まさしく王にふさわしい人物だと思う。周りの空気が一気に引き締まり、陛下の言葉に皆が注目していた。


「今年もまた、有望な若者が集ったことを嬉しく思う。この学園で多くのことを学び、王国の未来のため役立ててくれ。今日ここに集まったものは共に将来を担う仲間であり、時に競い合い、時に助け合うことで、それぞれの力を高めてほしい。——そなたらの入学をここに認める。ようこそ、カロメア王立学園へ」


 陛下は短く演説を終えると、すぐに去ってしまった。前世の校長先生もこのぐらいの長さに収めてほしいものだ。その後も淡々と式は進んでいった。周りにヒロインがいないかさりげなく見渡していたら、気づけば式は終わっていてクラスに別れることになっていた。残念ながらヒロインはおろか主人公すら見つけることは出来なかったが移動先のクラスで会えるだろうと期待に胸を膨らませた。







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