第24話






 今日はネイビーと一緒に街に出掛けていた。気分転換と新しい闇魔法の試運転を兼ねてのものだった。


「ちゃんと、黒に見えてる?」

「うん、髪も目もどちらも真っ黒だよ」


 もともとのルイスの見た目は金髪碧眼なので、魔法は成功しているようだ。名づけるならカモフラージュといったところだろう。この5年間で修得した魔法の一つである。幾度となく闇魔法を練習することで新たに気づいたことがある。


 闇魔法で相手に幻覚を与えるには二通りのやり方があった。一つは前々から行っていた相手の認識に直接働きかけるもの、そしてもう一つが幻を実際に出すことである。前者は彼我の魔力量の差によってはほとんど労力はいらず、自由度も高い。その反面、魔力量が自分に匹敵あるいは多い人に対してはほとんど効かず、対象者が多いと同様の幻を見せることに限界が来てしまう。そこで後者のやり方だ。前者とは比べ物にならないほど魔力を消費するものの、魔力量の多い人や大勢の人に対してはこちらの方が消費量が少なかった。


 全く何もないところに一から幻を見せるのはだいぶ疲れるのだが、元々あるものを異なったものに見せることで消費魔力を抑えていた。どのくらいそれが上手くいくのかを検証するために髪と目の色を変えて外出しているのだ。




「うん、どうやらばれることはなさそうだね」

「そうだね」


 随分歩いたが、道行く人に領主の息子だとばれた様子はなかった。それもそうか、一応この世界にもカメラのような魔道具はあるもののかなり高価であるため、基本的に人の顔かたちなどは伝聞でしか知る他ないのだ。よって一番の特徴である髪の毛や目の色が変わっていれば気づけるはずもないのだ。


 よし、仮説であった消費魔力の問題も人の多さには関係ないことが分かったし、消費量も予想の範疇に収まっている。あわよくばこの外出で金儲けの手段とかポンと思いつかないかなあなんて思っていたけど、まあそう上手くはいかないか。そうして家に帰ろうとしたその時だった。路地の裏に怪しげな店が開かれているのが見えた。占いか何かだろうと無視して、その場を離れようとするもどうしてか気になって足が止まってしまう。


「どうしたの、ルイ」

「いや、ちょっと気になって。行ってもいい?」

「えっ? ああ、うんいいけど……」


 ネイビーにも許可をもらったので、のそのそとその怪しげなお店に近づいた。ネイビーは周りの警戒のために路地の外を見張っている。お店の前に着くと、いかにもな水晶を置いた胡乱な格好の女がいた。何がそんなに気になったのか自分でも分からなかったが、とりあえず声をかけようとすると先を越される。


「ふぉっふぉっふぉ。待っていましたよ、ルイス様」

「どうして⁉」

「そんなことはいいのですよ、ルイス様。——貴方は現状に不満がございますよね?」


 しっかり変装しているはずなのに、正体を見破られた衝撃で固まってしまう。この女何者だ? しかし、そんな私の疑念を置いてその不審な女は語り始める。


「我々と貴方は同じだ。貴方の怒りも悲しみも恨みも全部、分かります。こんな世界おかしいと思いませんか?」


 私が黙ったままでいるとそれを肯定と受け取ったのかそのまま彼女は続けた。


「我々と一緒に来てくれませんか? 貴方がいればこの世界をひっくり返せる、貴方がいれば計画は完成に近づく。貴方の不満も憤りも全部ぶちまけましょう」

「いや、そういうのはいいんで」

「はっ?」


 さっきから何を言っているか全然分からない。一緒に行くってどこにだよ? 自分の正体を当てられた不気味さに怖気づいていたが、一度ぐらい私の顔を直接見ていれば分からないものでもないだろう。多分宗教でもやっているのだろうが、こんな頭のおかしな人に付き合う義理はない。日本でもこんな頭のおかしい人いたなあと思いながら帰ろうとすると焦った様子で女は引き留めてくる。


「でも貴方は今の生活に不満があるはずだ。闇属性を持った貴方ならきっと——」

「ああ。でも、それって皆もそうだろ? それをさ、自分たちだけが不幸だなんて傲慢がすぎるんじゃないか?」

「っつ」

「話がそれだけなら、俺はもう行くよ。ホント、なんで気になったんだろう?」


 そうして私は踵を返して、その場を後にした。後ろから『いつか分かる時が来るでしょう。その時にまた、逢いましょう』と声が聞こえ、振り返るとそこにはさっきまでのお店は跡形もなく消えていた。


「もう大丈夫なの?」

「ああ、それより店がどこ行ったか分かるか?」

「えっ? お店って何のこと?」

「だって、さっきの」

「もう、変なこと言わないで。さっさと帰るよ」


 手を引っ張られてそのまま歩いていく。何故か私が変なことを言った感じになっている。屋敷に帰った後に改めて聞くも、私が勝手に路地に行って、時間をつぶしていたとしか分からなかった。色々なことを考えたものの結局その不可解な出来事の答えが出ることはなかった。そうして、忙しい日々を過ごすうちにいつしかすっかり忘れてしまった。

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