第21話





 何の用事だっただろうか、とにかくルイスを呼びに部屋へ行ったある日のことだった。いつも通りノックをして声を掛けようとすると、中からルイスの独り言が聞こえて咄嗟にその手を止める。あんまりいいことではないと思いつつも好奇心が抑えきれず、その内容を聞いてみようとドアに耳を押し当てた。部屋から聞こえてきた独り言は衝撃的なものだった。


 要約すればルイスが私と、……行為、そう、行為をするにはどうすればいいか悩んでいるというものだった。それを聞いたときに大きな音を出さなかった自分をほめてあげたい。その後はルイスには独り言を聞いたことがばれないように努めていつものように接したけれど、内心はひどく混乱していた。


 その日の夜、仕事が終わった後ベッドの中で一人、そのことについて考えていた。小さい頃からルイスを見てきた私からすれば、ルイスももうそんなことを考える年になったのかと思うと感慨深いものがあった。私にとってルイスは弟みたいなものだったから、異性として見たことはなかったけど、——ルイスの早い成長を喜ぶべきかそれとも……。とにかく複雑な気持ちだった。ただルイスにそういう風に見られても全く不快感はなかった。


 今まで恋愛とかに興味が持てなかったし、仕事で忙しかったのもあって誰かと付き合ったりすることはなかった。異性を好きになったこともなく、この仕事を初めてからは出会いもないから恋愛とかそういうのには自分は縁がないと思っていた。そこでルイスからのあの発言だった。


 そこで改めてルイスのことを異性として考えてみると悪くない、どころか最高の相手だということに気づいてしまう。ルイスは私やお父さんを救ってくれたし、ひたむきに頑張る努力家な姿だっていつも見ている。最近乱暴な口調しているのは反抗期なのかなんなのかは知らないけど、その優しさが隠しきれていなくて可愛いのだ。私より小さなその背も、子どもに見合わぬ気遣いも、考えれば考えるほどルイスのいいところばかり思いついてしまう。


 でも、ルイスと私とじゃ身分が違いすぎる。たとえ、ルイスが私のことが好きだとしても私たちが結ばれることはない。しかもルイスにはあんなに可愛い婚約者までいる。そんな中で、私の存在が雑音になることはあってはならない。だから私のこの想いはもうこれ以上育てちゃいけないのだ。


 ルイスが本気になれば闇魔法を使って私に抵抗させずにすることはできるだろう。そうでなくても身分を持ち出せば私はルイスに逆らうことなんてできない。今こうやってため口で話しているから忘れがちだけど本来私みたいな平民では関わることもできないお貴族様なのだから。ルイスならそんなことはしないとは思っているけれど、我慢ができなくなったらそうやって無理やりにでもすればいい。その時はルイスが気に病まないように振舞えばいいだろう。だから私から特に動く必要はないと思っていた。——今朝のことがあるまでは。


 今朝のことがあってもしかしたら四六時中私がそばにいるからそういうことができないのかもしれないと思い至ってしまった。男の子は定期的にそれをしないと体に悪いって学校の先生が言ってたし。欲求不満じゃないとああいうのって出ないから。だから、これはお姉ちゃんとして、そうルイスのお姉ちゃんとしてルイスを導いてあげないと。私は内から湧き出る謎の使命感に燃えていた。


 奥様に報告を終えた後、ルイスの部屋を訪れる。これから行うことは奥様には内緒だ。ルイスにもそれを徹底しないと怒られてしまうだろう。いや怒られるだけじゃ済まないかも。それでもルイスのためだ、と覚悟を決めてドアをノックした。すると『誰?』と眠いのか若干舌足らずな返事が返ってきた。


「ネイビー、だよ。……入ってもいい?」

「いいけど、何か仕事って残ってたっけ?」


 少し声が震えてしまった。でも毅然とした態度じゃないとルイスが不安がるかもしれない。私はもう一度気合を入れてこれからのことに臨むことにした。そうして私はルイスの部屋に入り、その目を真正面から見ながら告げた。


「ルイス。私を抱いて」

「……え? ど、どうしたの? 頭でも打った?」


 間違えた。緊張しすぎて言葉が足りなかった。私は跳ねる心臓を落ち着かせながらなるべく淡々と聞こえるようにさっき考えた言い訳を話す。


「ほら、基本的に貴族の女の子たちって経験ないじゃん? で、もしもそういうことをするときに男の子の方が経験なかったらリードできないでしょ? だから、みんなメイドで予行練習するの。だからルイス、私とせ、性行為をしよう?」

「……? き、聞いたことないけど」


 もう! そこ突っかからなくていいから。せっかく覚悟を決めていたのに揺らいできちゃうでしょ?


「そ、そこはほら、直属のメイドにしか伝えられないの」

「なる、ほど?」


 まだどこか納得がいかない様子のルイスにやきもきしてしまう。そりゃ私だっておかしなこと言ってるって分かるよ? でも、せっかくルイスのためにこんなおかしなこと言ってるんだからつべこべ言わずにお姉ちゃんに任せればいいの。もちろん全部が全部ルイスのためかと言われれば、そうじゃないかもだけど。……もう!


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