第19話
外に出れば、美しくそれでいて華美でない馬車が見えてきた。執事に手を引かれて、その馬車から降りてきたのはまさに貴族令嬢の具現化のような女の子だった。ゲームの中でもよく見た可愛らしくそれでいて勝気な印象を覚える彼女は私の婚約者であるエリザベート・サンセマムだ。ゲーム内での彼女は所謂ツンデレ枠で、その吊り目がちな目から繰り出される眼光は鋭く、画面越しからでも彼女の意思の強さを感じた。その反面デレたときの破壊力は凄まじく、何度も心がキュンとしたのを覚えている。主人公に惹かれる自分の本心と公爵令嬢かつルイスの婚約者たる自らの立場に揺れる姿は普段の彼女からは考えられないほど弱く、守ってあげたいと思わされたのだ。つまり何が言いたいかと言うと、目の前にいるエリーは魅力的なヒロインの一人だということだ。
「久しぶりね、ルイス。婚約者を待たせるなんて貴方も随分偉くなったものね」
「すまないな、エリー。これでも急いできたのだが」
「言い訳は必要ないわ。早く案内なさい。忙しいんだから」
「はいはい、分かったよ」
主人公やルイスとも同い年である彼女はまだまだ幼くその気高い美しさの片鱗を見せつつも、その子どもらしい言動に内心微笑ましく思ってしまう。会う度に忙しいと言うのに毎月律儀に来てくれるところが本当にあざとく感じる。婚約者の義務だからだとは思うが、こうして会いに来てくれるのは素直に嬉しかった。
彼女を連れてテラスに案内する。ネイビーや彼女のお付の執事には離れてもらって私たちだけの時間を作ってもらう。ネイビーが淹れてくれた紅茶を彼女に注ぎながら私も席につく。一息つくと、彼女の方から話しかけてくる。
「ふう、相変わらず美味しいわね。彼女、欲しいくらいだわ」
「無茶を言わないでくれ。ネイビーは俺の大事なメイドだ。手放すことはできない」
「冗談よ。言ってみただけ。それで最近どう? 上手くやれてる?」
「……ぼちぼちかな。まあ何とかやっているよ。そっちは?」
「私もそんな感じ。お互い大変ね」
私と彼女の話は大抵がこんなものだった。同じ公爵家の子として、それぞれの重圧や苦労が分かるからか愚痴を言いあったりお互いを励ましあったりするのが恒例になっている。初めての顔合わせの時はもう少し尖っていたものの随分丸くなったものだ。そんな風に昔を思い出していると、すぐに話題が切り替わる。
「貴方にも連絡来ているでしょうけど、来月のパーティ、参加するの?」
「いつも通り行かなくてもいいだろ? 行ってもろくなことにならないのは目に見えているんだから」
前に何度かロベリヤ家の派閥の家のパーティに招待されて参加したことがあった。その時の反応はいつも変わらず、私を遠目で見ながらひそひそ喋るか私に取り入ろうとゴマを擦るかの二択だった。ただでさえ公爵家という高い身分で対等な友達を作るのが難しいというのに、闇属性ということでその難易度が跳ね上がっており、話し相手など望むべくもなかった。エリーは数少ないというか家族やネイビーを除けばほとんど唯一の話し相手であり、そんな状況を知っている彼女がこんなことを言うのは珍しかった。
「まあ、そうなるわよね。ただ、私の家主催のパーティだから婚約者がいないのはあれなのよ。……すぐに帰ってもいいから来てくれない?」
なるほど、そう言う理由が。パーティにはあまりいい思い出がないから差出人まで確認していなかった。
「別に出る理由があるなら出ないことはないけど」
「——ありがとう。じゃあ私は行かないと」
「えっ、早くない?」
「言ったでしょ? 今は本当に忙しいの。今日もついでに寄れるから寄っただけで、すぐに帰らないといけないの。まあ、気が変わったら連絡してちょうだい。それでも別にいいから」
「そんなわけにはいかないだろう。そんな気を回さなくていいから。それじゃあ送っていくよ」
ネイビーたちを呼んで、門の外まで一緒に歩いていく。エリーの立ち振る舞いは洗練されており、私も見習わなくてはと考えさせられるものだった。エリーが馬車に乗り込むのを見届け別れの挨拶を告げる。
「バイバイ。また……次はそっちの家で、かな」
「ええ、さようなら」
そうして、彼女たちを見送ると隣にいたネイビーから声を掛けられる。
「今日は随分帰るの早かったね」
「ああ、どうやらかなり忙しいそうだ。もう少し話をしたかったが仕方ない」
「ふふっ、楽しみにしてたもんね」
「そんなことはない」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
子どものようにあしらわれることに不満を覚えつつも、確かにこんなに早く帰ってしまうと思っていなかったから少し寂しく感じている自分の心に気づく。やっぱり、こういう風に話し合える存在というのは貴重だからだろうか? またパーティに出るのは気が滅入るが、彼女に会える日を楽しみにしながらその場を後にした。
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