第17話





 二人を外で待っている時間は、無限にも感じるほど長く感じた。たまにどちらか分からないが大きな声が聞こえることもあり、その度に中に入りたくなった。しかし、家族の邪魔をしてはいけないと、ぐっと我慢して彼らが出てくるのを待った。そうしてようやくネイビーが無事に部屋から出てきたときは本当に良かったと思った。


「ねえ、大丈夫だった? 二人とも怪我してない?」


 パッと見、大きな怪我はなさそうだったが、どこか痛めているところはないか注意深く観察する。そんな風にちょこまかネイビーの周りを回っていると、ネイビーが口に手を当て控えめに笑った。


「ふふ、どうしたの? さっきまでのかっこいい姿はどこにいったの?」

「だって、さっきは無我夢中で何が何だか。——見たところ怪我はなさそうだけど本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとうね」


 取り乱した様子はどこへやら、すっかり年上の余裕を取り戻したネイビーが頭を撫でてくる。その言葉には先ほどまでの悲痛な響きは一切なく、話し合いが上手くいったことを表していた。


「お父さんは?」

「今日は一人にさせてくれって。だから帰ろ?」

「もういいの?」

「うん。また来ればいいだけだからね」


 最後に彼の様子を見ておきたいとも思ったが、さほど心配していないネイビーの姿を見てその必要はないのだと分かった。そうして私はネイビーと一緒に家を出た。外はまだまだ日が高く、雲一つない青空がネイビーを祝福していた。


 家を出てすぐ私のお腹がぐうっとなった。そこでようやくお腹が空いていることに気が付いた。


「何か買って食べようか?」

「……うん」


 お昼の代わりにクレープのように小麦か何かでできた生地にいろんな野菜やベーコンみたいなお肉をはさんだものを買って食べることにした。手づかみで物を食べる機会は貴族として生まれてからそうそうなかったので懐かしい気持ちになりながらかぶりつく。外れのない美味しさに感動しながら食べ終わるとネイビーが私の顔をじいっと見つめていることに気づく。


「何か顔についてる?」

「えっ? いや別に」

「じゃあ何? どうしたの、そんなに見つめて」

「——聞かないの? さっきのこと」


 ネイビーは真剣な顔をして私にそう聞いてきた。片手間に答えるには重い質問だと思ったので、一拍置いて私も真剣に答える。


「うん。それはやっぱり二人の問題だと思うから。もし聞いてほしいなら聞くけどね」


 話がどう着地したのか興味がないと言えば嘘になる。でも、興味本位で首を突っ込んでいい問題ではないはずだ。もうさんざん関わっているし、今更かもしれないけど、それぐらいの分別はつくつもりだった。それに、結局はネイビーがどう思うかが大事だと思うから、どんな結論に至ったとしてもネイビーが幸せになれればそれでいい。


「……そう。じゃあいいか。——そうだ。また、帰るときについてきてくれる?」

「いいの?」

「うん。お父さんもまた会いたいって言ってたし。ルイスが良ければだけど」

「もちろんいいよ」


 当たり前のようにがあることに安心した。そうか、彼は生きることを選んでくれたのか。それを聞けて良かったと思うのと同時に自責の念が生まれる。もしかして、私が関わらなければこんなに拗れたりしなかったのでは? 本来なら問題にならなかったのに私が事を大きくしてしまったのではないか? 一度そう考えてしまえば、二度と消えることはなく、自然と謝罪の言葉を口にしていた。


「今日は、ごめんね」

「何が?」

「無理言ってついてきちゃって。私がいなければこんなことにはならなかったかもしれないのに」

「——確かにルイスがいなかったらこうはならなかったかもしれないね」


 覚悟を持って謝罪したはずなのに、実際にそう言われると心が痛かった。自分がいかに弱い人間だということが分かった。そう思い顔を伏せていると、急に頬に何かが触れたのを感じた。


「顔を上げて。違うの。私はね、ルイスに感謝してるの。ルイスがいなかったら私はお父さんを失っていたかもしれない。だからありがとう」

「ネ、イビー」

「ほら、そんな顔しないで。もっと堂々としていてよ。私の主人なんでしょ?」

「——うん」



 お昼ご飯を食べ終えた私たちは折角だからということで、当てもなくブラブラと街を歩き回った。屋敷に着いた頃にはすっかり日は暮れていた。




 長かった今日も終わり、後は寝るだけとなった私は部屋で一人考え事をしていた。いつもだったら今日のことなんて思い返すことなんてなくすぐにふかふかのベッドで夢の世界に旅立つところだったが、今日は違った。今日は人の人生が大きく変わってしまう可能性があった。


 ネイビーはああ言ってくれたけど、結局私はかき回すだけかき回しただけで何もできなかった。ネイビーのお父さんが救いようがない真正のクズだったら? もし、あの時ネイビーを止められなかったら? もしネイビーを傷つけるだけ傷つけて何も変わっていなかったら? 一歩間違えれば最悪な結果になっていたかもしれない。今回はたまたま上手くいったから良かったで済まされることではないと思う。


 ネイビーが自分の顔に包丁を突き刺そうとしたとき心の底から寒気を感じた。その時はネイビーが死んでしまうことが怖かったのだと思っていたのだが、後から思い返せばそれだけじゃない気がした。


 私はネイビーが死ぬなんて考えたこともなかった。それは、死が身近にないからとかそういう理由ではなく、ネイビーはゲームで出番があったからだと思う。そんな私の認識の甘さを責められた、そんな気がしてならなかった。私はまだここがゲームの世界だと考えていて、現実だということに気が付けていなかった。それを突きつけられたのが痛かったのだろう。



 改めて認識しよう、ここはゲームの世界であっても現実であることを。ゲームでは語られなかった人、一人一人にもそれぞれの人生があり、私が介入することで狂ってしまうものもあるだろう。ゲームと大きく展開が変わる、それは断じて認められない。ヒロインたちが幸せになれるようにするには、私がをしなければならないのだから。だけど、その中でも身近な人を幸せにできるようにより一層努力をしよう。




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