第15話






 話はもう終わりだとばかりに背を向けるネイビーの父親。ネイビーは尚も私の肩を押して立ち去ろうとしていた。冷え切った空気が漂っていた。そんな中私はどんな闇魔法をかければいいか考えていた。


 冷静に思い返してみれば、最初から違和感があった。酒瓶は転がっていたがそれ以外のゴミが散らかっていたり異臭がするようなこともなかった。それに体つきもがりがりだったりすることもなく身だしなみも最低限整ってはいた。つまり何が言いたいかと言うと、こいつは本当にネイビーが言っていたように酒に溺れているのか、ということだ。いや、確かにそういった時期もあったのだろうが、今はそうではなくて、何て言うかネイビーに離れてほしくてそう言う風に見せかけているような気がしたのだ。私が第三者だから気づくことができた。


 ——そうだ、本音を言いやすくさせる闇魔法なんてどうだろう。こいつにも何か隠したい事情があるのだろうがそんなことは関係ない。何かあったとしてもネイビーを泣かせたこと事態は許せなかった。早計かもしれないけど、とにかく今決着をつけるために私はこっそりと魔法を発動させる。


 発動した瞬間、彼は小さく肩を震わせ、『ぐっ』とうめき声をあげた。うん? うめき声? ネイビーに掛けた時はそんなことなかったのに、……まさか、抵抗でもされたのか? ネイビーがそれに気づかないわけはなくバッと父親の方に振り返る。


「大丈夫、お父さん⁉ ——ルイスだよね? 何したの?」


 ネイビーはすぐに父親の方に駆け寄ると、そんなことを聞いてくる。いつも闇魔法をかけまくっているせいか、何か気づくことがあったのだろう。ばれるつもりはなかったというのに、こうも確信を持って問われると、隠し通すのは難しかった。


「……別に操ったりはしてないから。ただ理性を弱めて本音を言わせやすくしてるだけだから」

「どうしてそんなことをしたの!」

「だってこのままじゃネイビーがあまりにも可哀想だと思って。お父さんのために頑張っているのにこんな仕打ちはあんまりだよ。それにこのままだとどうせこれから何度も同じことを繰り返すでしょ? 違う?」


 図星だったのだろう、私がそう言うと、ネイビーはすっかり黙ってしまった。もしかしたら、一度こんなやり取りをしたことがあったのかもしれない。


 実際父親がどう思っているかなんて知らないが、頑張っているネイビーに対して到底許せるような発言ではなかった。それに今日帰るだけできっとこれからもネイビーはこの家に帰ってくる。そしてその時に私を連れていくことはないだろう。だからこそ、今日ここでけりをつける必要があった。私は尚も葛藤しながら悶えている父親に問いかけた。


「なあ、あんた、ホントはネイビーに対してどう思ってんだ?」


 もし私の見立てが間違っていて本当にネイビーのことが嫌いでも構わなかった。そんな言葉を聞けばネイビーも幻滅して縁を切るだろう。ネイビーは悲しむだろうが、今のうちなら私もアフターフォローができる。早めに終えた方が傷も浅いはずだ。そんなことを思いながら彼の言葉を待っていると、とうとう耐えきれなかったのかぽつりぽつりと言葉がこぼれだした。


「ネイビー、お前はもうここに、帰ってくるな」

「な……」

「……お前の顔を見ていると、母さんを思い出してしまう。だから……」


 どこまでも身勝手なその言葉に、いつしかネイビーは声を出さずに泣いていた。普段のお姉ちゃんのような態度から忘れていたけど、考えてみればこの子はまだまだ幼いただの12歳の女の子なんだ。この小さな体では包み込むことはできないけれど、それでも私は精一杯ネイビーを抱きしめる。


「……言いたいことは、それだけか?」

「そんな魔法を君がかけてくれたんだろう? ……これが私の本心だ。だから娘を頼むよ。娘のために怒ってくれる君なら安心して託すことができる」


 そんな会話をしていると、ネイビーは急に私の体を振り払ってそのままどこかへ行ってしまう。後を追うと、ネイビーは台所にまで来ていてその手には包丁が握られていた。そうしてゆっくりとその包丁を自分の顔に近づけていったので慌てて『止めろ』と言いながら闇魔法を使って止める。ふっと力の抜けたネイビーが倒れないように支えると、そこでようやく彼が来て『ネ、ネイビー、どうして』と間抜けな声を出す。


「……あんたが何を思おうが自由だ。そもそも言わせたのは俺だしな。でも、でもさ、その理由をネイビーに押し付けるなよ」

「ち、違う。私はただネイビーに」

「何が違うんだよ! ネイビーがあんたのこと話してくれた時は本当に優しい顔してた。昔みたいなあんたに戻ってほしいって、それまでは私が支えるからって。それなのに、っなのに……」


 最後の方はもう言葉にならなかった。気づけば私も涙を流していた。まだ出会って1ヶ月そこらだというのに、私はすっかりネイビーのことを大切に思ってしまっているのだ。こうしたのは失敗だったかもしれない。私は彼女の傷を癒せるだろうか。腕の中の彼女を見ながらそんなことを考えていた。そんな私に彼は小さく声を掛けてきた。


「ああ、そのようだ。……ここは危ないから、戻って話をしよう」






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