第14話
音を聞いた瞬間、ネイビーが血相を変えて家の中に走っていったので、私も慌てて後を追いかける。今まで見たことがないほどに乱暴にドアが開けられたことにびっくりしながらも、その後ろについていく。一足先に部屋の中に入ったネイビーが『大丈夫⁉ 怪我してない?』と見知らぬ男性の体を起こしながら声を掛けているのが見えた。彼がネイビーの父親なのだろう。真っ赤になった顔、ぐでんと伸びた腕はまさに酔っぱらいの様相を呈していた。酒の匂いが充満した部屋を見渡せば空になった酒瓶がそこかしこに転がっていた。さっき響いた甲高い音はそのうちの一つが割れたときのものだったのだろう。
ネイビーが必死に父親を介抱しているところを横目に、怪我をしないように割れた破片を慎重にかき集める。破片を片付けながら部屋を見ていると部屋の中は思ったより散らかっていないように感じた。酒瓶が無造作に転がっているだけで、そこまで汚れていたりぐちゃぐちゃになっているわけではなく、どこかちぐはぐとした印象を受けた。
片付けも終わりしばらくすると、ネイビーが健気に水を飲ませてあげたからか、顔からは赤みが薄れ、焦点も合うようになってきた。そうして改めて父親の顔を見ると、前世の世界では俳優でもできるんじゃないかと思えるぐらいのダンディな顔つきで、可愛いネイビーの親だと納得できるくらい整っていた。どこか感心しながらその顔を眺めていると、ゆっくりとその口が開かれていった。
「なんだ。帰ってきたのか? てっきりもう、出ていったのかとばかり」
「働きに出てるだけで、家出はしてないって言ってるでしょ。それに今日帰るって伝えてたのに。お酒もやめてって言ってるのにどうして?」
「……子どもが口を出すな」
聞いているだけで腹が立ちそうだった。ネイビーがこんなに心配しているというのに。邪険に扱われているというのにそれでもネイビーはめげずに声を掛けていた。
「お母さんが亡くなって辛いのは分かるよ。私だっておんなじ気持ちだから。でもさ、お酒だけはやめようよ。このままじゃ体壊しちゃうよ」
「お前が気にすることじゃない」
「気にするよ! だって家族なんだから。あのね、今働いているところはさ、すごいいいところでね、皆優しいしお給料もたくさん出るの。だから心配しないで、お父さん。今はじっくり体と心を休めてさ、またいつかかっこよくて優しい昔のお父さんに戻ってよ」
ネイビーが涙目になりながらそう訴えかけると、何が良くなかったのか急にバンと床を叩かれ、ネイビーとともに体を震わせてしまう。そうして怒鳴るようにしてネイビーの父親は言った。
「そんな奴はもういない! あいつと一緒に死んだ。——出ていけ、もう家に来るな。金もいらん。好きにしろ」
そう言い捨てるとそのまま立ち上がってどこかへ行ってしまいそうになる。そんな中私は、家に帰れなくても公爵家で拾ってあげることはできるだろうから、こんな嫌な父親から離れられるならむしろ良いんじゃないかと思ってしまった。でもそんな考えはネイビーの絶望したような表情をみれば吹き飛んだ。そうだよな、ネイビーのたった一人の肉親なんだ。それがこんな別れ方をしていいはずがない。それにさっきからのこのやりとりを聞いて私も言いたいことがある。そうして、いても経ってもいられなくなった私は勢いのまま喋り出す。
「おい、さっきから見ていればずっと自分だけが不幸みたいに振舞いやがって。ネイビーだってお母さんを亡くしているのにこんなに頑張っているんだ。それなのにあんたは何やってるんだ?」
「なんだと? ——と言うかお前は誰だ? 何故ここにいる?」
「俺はルイス・ロベリヤ、ネイビーの……主人だ。ここにはネイビーに無理言って来させてもらった」
私がそう言うと、彼は少し驚いたかのような素振りを見せた。少しの間の後彼は言う。
「……そう、か。なら、ネイビーを連れて行ってくれないか? それぐらいできるだろ? もう二度と顔を見させないでくれ」
「だからなんでそうなる? ネイビーはあんたのために働いているのに」
「お前みたいな子どもに何が分かる? はあ、とにかく二人とも出ていけ」
「なにを……
「もう、いいよ。ルイス。あ、りがとう。今日、は、一旦帰ろう」
下を向いたままネイビーが私の肩をおさえる。その声はかすれていて、泣いているのだと気づいた瞬間、頭の中が怒りでいっぱいになった。それなのに頭の一部はすごく冷えていて、さっきまでと違って冷静な判断ができるようになった。ネイビーを泣かせたこいつを許してはおけないが感情に任せているだけじゃ埒が明かない。使わなくても良さそうなら使わずに行きたかったがそうもいかないので、今日ここでけりをつけるために、私は闇魔法を使うことを決意した。
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