第13話





 今日も普段通り筋トレをした後、ネイビーに闇魔法の練習を手伝ってもらっていた。筋トレの方はまだまだ成果が見えないが、闇魔法の方はかなり上達しているのをひしひしと感じていた。


「体の調子はどう? 問題ない?」

「うん、別に問題なさそう。むしろ調子がいいまであるかも」

「……そう、それは良く分からないけど。些細なことでもすぐに言うんだよ。ネイビーにしか分からないんだから」

「うん。……あっ、そう言えば伝えてなかったけど、明後日家に帰るから。その次の日には帰ってくるからその日だけごめんね」

「あ、そ、そう」


 不意にそんなことを言われたので、言葉が詰まって呆けた声しか出なかった。なんだろうこの気持ち。まるで、奥さんが実家に帰るって言われたときの夫みたいなショックを今感じている。もうこの1ヶ月でネイビーが隣にいることは当たり前になっていて、いなくなることが考えられなかった。


 そんな風にショックを感じていたがよくよく考えてみれば、あの計画を実行できる絶好のチャンスだった。ネイビーから家のことを聞いてから今までいろいろ考えていた。そして考え付いた、その計画とはネイビーの父親を闇魔法で操ることだった。外道なのは分かってる、それでも私にはネイビーの方が大事なのだ。ネイビーが幸せになれるためならなんだってやってやる。どうせ、その後ももっと外道なことをするんだから今更変わらない。


 本当は闇魔法がもっと上手くなってからやろうと思っていたけど、案外上達のスピードが早く、すぐにでも解決したかったから計画を前倒しにすることにした。


「ねえ、それ俺もついていっていいかな?」

「え、なんで?」


 なんで? やばい、普通について行けるもんだと思っていたから理由については考えていなかった。闇魔法でネイビーの父親を操ろうと思ってるんだよね、なんて言ったら流石に置いていかれるだろう。回らない頭で思い付いた言い訳はお粗末すぎるものだった。


「……ええと、み、見に行きたいから?」

「ふふふ、何それ? ——ルイスはこの前のことを気にしてくれているんだよね。ありがとね、でも大丈夫だから」


 そう言いながら私の頭を撫でてくる。最近お姉ちゃん度に拍車がかかっているような気がする。優しいネイビーを困らせてしまうことは明白だったが、私ももう後には引けなかった。頭の上にある手をグイッと引っ張り、上目遣いでお願いする。


「お願い! 絶対いい子にするから。ね? いいでしょ? それに俺が行くことで何か変わるかもしれないでしょ?」


 ここで行けないと次にチャンスが訪れるのはいつか分からないから、必死に情に訴えかけた。しばらく考え込んでいたネイビーだったが、ようやく答えが決まったようだった。


「う~ん。分かった。そこまで言うなら仕方ないなあ、付いてきていいよ。でも、私がよくても、奥様が許さないかもだから、ルイスが自分で奥様から許可をもらうんだよ」

「うん、分かった。ありがとう」


 感極まってネイビーに抱き着いてしまったが、ネイビーはそんな私を嫌がることなく抱きしめ返してくれた。



 その日の夕食のときに、ママに話してその許可を得ることができた。その際にくれぐれもネイビーの迷惑にならないようにと言われ、貴族なのに私のことよりむしろネイビーの方を気に掛けているのがいかにもママらしかった。


 そうして、何事もなくその日を迎える。早くお父さんに会いに行きたいとのことでいつもより早い時間に起きることになっていた。今ではだいぶ慣れたのでなんとか起きることが、この体は本当に眠気に弱いから困ってしまう。前の世界では寝坊して遅刻することなんか週に一度くらいしかしなかったというのに。


 二度寝の誘惑を鋼の意思で振り切り、支度を始める。ネイビーが起こしに来た頃には、すでに着替えを終えることができていた。今日は早めに朝食を用意してもらい、腹ごしらえもそこそこに家を出た。


 早朝の街は、それでも活気があって、そこかしこで元気な声が聞こえた。ネイビーとは離れないように手を繋いで歩いていた。久々に家に帰れるのが嬉しいのだろう、いつもよりテンションの高いネイビーを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。そんな風ににやにやしながら見ているのがばれてしまったのか、恥ずかしそうに顔を赤くして空いているもう片方の手で隠してしまった。


 ネイビーは迷いなく進んでいき、私がまだ来たことのない住宅街に進んでいく。知らない街並みを眺めるのは楽しかったが、恥ずかしさゆえかすたすた進むネイビーについていくのが精一杯でよく見るほどの余裕はなかった。


 ようやく止まったかと思うと、目の前には立派なレンガ造りの家があった。上を見れば煙突まで付いていて、おおーと感心してしまう。ネイビーも久しぶりの我が家に思うところがあるのか、しばし家の前で立ち尽くしていた。すると家の中からガシャーンと何かが割れる音が響いてきた。



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