第12話


「それでは、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 就寝の挨拶を終えてから私はそーっとルイスの部屋から出る。そうして、今日も一日の仕事を終えるために、ある部屋に歩を進めた。歩きながら今日までのことを振り返る。


 ルイスの専属となって少し経った。初めて会うときは貴族の息子だからどんなに横暴なのかと覚悟していたが、実際は全くそんなことはなく、むしろ気遣いのできる優しい子だった。たまに5歳とは思えないような言動をしたり、わざと傲慢に振る舞おうとしているところを見ると、子どもが背伸びをしているようで微笑ましかった。


 私がこの家で働き始めてからそろそろ2ヶ月になる。特に人手不足というわけでもない中で私が新たに雇われたのはルイスの属性が闇だったからだそうだ。先輩方は、私が学校の歴史で習った史実をより身近に感じたせいか、どうしても闇属性であるルイスに対してフラットに接することができなかったそう。その対応でルイスに悪影響が出ないようにと、闇属性に偏見のない従者が募集され、私がたまたまその枠に入ることができた。だから昼にルイスに伝えたように、ルイスには感謝の気持ちでいっぱいだった。


 ここの家の人は皆優しくてとても居心地が良かった。先輩方はもう随分前からここで働いていて、新参者は私だけだからか皆さんから可愛がってもらっている。それはとても嬉しいことなのだが、先輩たちからルイスにひどいことをされていないか何度も心配されることだけは玉に瑕だった。その度にルイスはいい子だよと否定するも、私が小さいから騙されているのかもしれないからと心配することを止めないのだ。当のルイスとはもうすっかり仲良くなれているし、闇魔法だってすでにかけられているけど何ともない、なんて言ったらますます心配されるだろうから伝えてないけど、ちゃんとルイスのことを見てほしいと思う。


 ここで働き始めた当初は、貴族のご子息にため口で喋るなんて考えたことなかった。なんと言うか、ルイスには貴族特有の威圧感が無いんだよね。もちろんまだ幼いって言うこともあると思うんだけど、一従者である私とも対等に話してくれるからそう感じるのだろうか。それに私のために怒ってくれたりするほど優しい子なのだ。こんなことが知れたらまずいとは思うけど、私に弟でもいたらこんな感じなのかなと勝手に考えている。


 そんなことを考えていると、いつの間にか目的地である奥様の書斎の前まで来ていた。毎日ルイス様が就寝なさった後にルイスの様子を報告する時間が設けられているのだ。重厚な扉をノックし、ネイビーですと声を掛けると、静かな声で『入りなさい』と短く返事が来る。そのまま扉を開け部屋に入り、音を立てないように慎重に閉める。


 部屋は本棚に囲まれていて、インクの独特の匂いが漂っていた。奥様は机で何やら書き物をしているようで、書類を確認しながらも忙しなくペンが動いていた。


「悪いのだけれど、少し座って待っててちょうだい。すぐに片付けるから」

「承知いたしました」


 そう言われたので私はゆっくりとソファに腰かける。何度も座っているはずなのに一向にこのソファの座り心地には慣れない。柔らかく包み込まれるようなその感触は、落ち着きとともに緊張をもたらす。奥様はそんなに固くならなくともよいと仰ってくださるが、汚しでもしたらと考えてしまうと自然と体が強張ってしまうのだ。


 カリカリと響いていたペンの音が止んだかと思うと、『うーん』と言いながら奥様が体を伸ばしているのが見えた。お仕事が終わったのだろう。そのまま席を立つと、私の向かいのソファにお腹を労わるようにゆっくりと腰かけた。そのお腹は傍から見ても膨らみが分かるほどになっていた。もう半年もしないうちに生まれてくるのだろう。


「さて、待たせたわね」

「いえ、お気になさらないでください。むしろ少し休憩なさった方がいいのではないのですか?」

「ふふっ、お気遣いどうも。これが終わったらそうさせてもらうわ。それで、ルイスはいつもと変わりなかったかしら?」

「はい。いつものように筋トレをされた後、闇魔法の練習をなさっていました」


 この報告会の内容は基本的にほとんど変わらない。ルイスのすることがほとんど変わらないからだ。奥様からお守りを預かっているため、ルイスは奥様の許可を経ずに外出することはできるが、そういったことでもない限り、伝える内容が大きく変わることはなかった。


「そう。……いつも、ありがとうね。貴女にはいつも頼ってばかりだわ」

「……いえ、そんなことは」

「いいえ、他の人だったら上手くいかなかったでしょう。闇属性のルイスと偏見を持たずに仲良く接するなんてなかなか難しいことなのよ」


 奥様はどこか遠い目をしながらそう言う。そう言えば、貴族の方ほど闇魔法に対して警戒しているなんて学校の先生も言っていたっけ。色々と事情があるのだろう。


 ちなみに奥様にはすでにルイスにため口で話していることを報告している。ルイスがいいと言ったものの奥様が許すかは分からないし、ポロリとルイスが伝えてしまうことがあるかもしれないと思ったからだ。結果として奥様は快くそれを認めてくださり、むしろルイスとそのまま仲良くしてほしいと言われたのだ。


「ルイス様はお優しいので、一度関われば闇属性など関係なく普通に接してくださると思うのですが」

「そうなるといいのだけれどね。……貴女の日頃の行いには本当に感謝しているのよ。何か不満に思っていることはないかしら? 何でも言ってちょうだい。できるだけ希望に沿えるようにするから」

「ルイス様にも似たようなことを聞かれたのですが、不満は全くございません。これまでと同じように月に一度家に帰らせていただけるのであれば言うことはありません」


 ルイスにも答えたようにそう答えると奥様は優しい笑みを浮かべた。


「そう言えばもうそんな時期だったわね」

「はい、つきましては次の週末にお暇を頂きたく存じます」

「ええ、もちろんいいわよ。それにしても、まだ小さいのにどこでこんな敬語を覚えたのだか。もう少し砕けてもいいわよ。ここには私と貴女しかいないのだから」

「ご配慮くださりありがとうございます」


 そう言ってくださったものの、奥様は気品に溢れているからかそんな風に接することをやめることは出来そうになかった。


「それじゃ、他に何か言っておきたいことあるかしら? もしなければもう行ってもいいわよ」

「私からは特に何も。……それでは失礼させていただきます」

「ええ、明日もよろしくね」


 そうして私は書斎を出て、私に割り当てられている部屋に行き、着替えを手にしてから従者用のお風呂に向かった。勤務時間以外ならお風呂に入ることもできるのがこの仕事のいいところの一つだった。明日も早いので、お風呂に浸かるのもそこそこにして、また家に帰るまで頑張ろうと気合を入れて眠りについた。

















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