第11話






 ネイビーに闇魔法を初めて使ってから数日が経った。今日も今日とて闇魔法の練習をしている。もちろんきちんと許可は取っているし、倫理的にやばそうなことはしていないけど。そのおかげで、魔法をかけられた時や解除した後の様子などいろんなことが分かってきた。そんなこんなで、今日も随分魔法の練習をしていたのだけど、ふと気になったことがあったので聞いてみることにした。


「ネイビーはさ、どうしてここで働こうと思ったの?」

「お金のためだよ」

「へ、へえー」


 一切の間を置かずに即答するネイビーにびっくりしてしまい呆けた声が出てしまう。まさかそんなにお金が好きだったなんて知らなかったから少し意外だった。


「何か欲しいものでもあるの?」

「ううん。そうじゃなくてね、稼がないといけない理由があるの」


 道理を知らない子どもを慈しむかのような笑顔でそう答えるネイビー。その表情を見ていると、何故だか無性に理由が知りたくなった。


「どうして?」

「ふふっ、今日はやけに知りたがりだね」

「あっ、ごめん」


 少しぶしつけ過ぎただろうか。それもそうか、一応私の立場としては雇い主側だから言いたくないこともあるだろう。そう思っての謝罪だったが、ネイビーは特に気にしていなさそうだった。


「いや、別にいいんだけどね。ただ聞いても面白くないと思うよ」

「言いたくなければ言わなくていいんだけど、もし良ければ聞かせてほしい」


 そう言うと、ネイビーは『分かった』と短く言ってから話し始める。


「実はね4年前にお母さんが事故で死んじゃってから、お父さんと私の二人家族なんだ。あっ、別に気を遣わなくても大丈夫だからね。当時はすごく悲しかったけどもう乗り越えたから。……でもね、お父さんはそうじゃなかった。お母さんのことを心の底から愛していたから、その死を受け入れられなくて現実から目を背けるように、日中からお酒に溺れるようになっちゃったの。駄目だよって言ってもお酒を離さなくて、ひどい時には暴れちゃったりすることもあったから、料理人の仕事もクビになっちゃって……。だから今は、私がお金を稼がなくちゃいけないの。お父さんの家族はもう私だけだから、私がお父さんを支えてあげないといけないの」


 いつものように明るい笑顔のまま、さらっと重い事実を告げられる。まさかそんな背景があったなんて知らなかった。でも考えてみれば、こんなに幼い子が働いているんだから何かしらの事情があって当然だった。


 私は前世も今世も家族に恵まれたし、私の方が先に死んじゃったから身近な人を亡くなる悲しみを味わったことはない。だからネイビーの気持ちは完全には分からないけど、お母さんが亡くなって辛くないはずがない。なのに、まるで自分だけが辛いかのように振舞うネイビーの父親に怒りが込み上げてくる。ネイビーはこんなにも良い子なのに、不当な扱いを受けていることが許せなかった。そうしてポロリと本音がこぼれてしまう。


「そんな、そんなクソ親見捨てちゃえばいいのに」

「……そんなこと言わないでよ」


 小さく、それでもどこか力強くネイビーはそう言った。誰だって家族を悪く言われたら嫌な気持ちになるだろう。いつもと雰囲気の違うネイビーに飲み込まれそうになりながら謝罪の言葉を口にする。


「ご、ごめん」

「ううん、私の方こそ。……あのね、さっきはああ言ったけど、昔は、お母さんが生きていた頃はね、本当に優しいお父さんだったの。お休みのときには、私に料理を教えてくれたり三人でピクニックに行ったりして楽しく暮らしてたの。だからね、お父さんが立ち直って昔みたいに優しいお父さんに戻るまで、私が頑張ればいいの」


 拳をきつく握り締めながら、真剣な表情でそう宣言する。その意思は固そうで何を言っても変わらないように見えた。でも、それはとても辛い生き方なんじゃないかと考えてしまう。いくら頑張っても父親が変わらなかったとき、ネイビーはどうなってしまうのだろう。どっちも不幸になっていくだけではないのか? でもそうならないために私は何ができるだろうか……。そんなことを考えていると急にほっぺたがびよーんと伸ばされて、思考が邪魔される。


「あはは、面白いくらいに伸びるね」

「にゃ、にゃにをすゆの」

「そんな顔しないで、ルイス。私はルイスに感謝しているんだから」

「かんひゃ?」

「そう。ほら、私まだまだ子どもじゃん? 去年までは一応学校にも通わないと行けなかったからさ、働こうにもなかなか上手くいかなくて、今までは貯金を切り崩しながらなんとかやっていたの。でも、流石にこのままじゃ立ち行かなくなるっていうところで、ルイスの家が従者を募集しているっていう情報を耳にしたの。年齢制限もなかったからダメ元で受けてみたら、採用してくれて、本当に助かっているんだから」


 ようやくほっぺたから手を離してくれたかと思うとそんなことを言われる。ネイビーみたいな若いメイドが雇われているのはゲーム補正だろうから気にしていなかったけどそんな経緯があったなんて。って言うか、もしゲームでも同じだったらこんな身の上の女の子を手籠めにするってゲームのルイスはどれだけ鬼畜なの? えっと確かルイスが10歳の頃から日常的に、その……や、やられていたって言ってたから計算すると、……ネイビーが17歳の頃だ。女の子が最も輝く時期だろうにルイスのような外道にやられるなんて可哀想に。


 でもゲームの通りに進めるためには私もいずれそうしなきゃいけないんだ。それを考えると気が滅入る。せめてもの償いとして『じゃあさ、今の環境に何か不満とかある?』と聞いてみた。すると、ネイビーはしばらく考え込んだ後に答えた。


「この家の人には本当によくしてもらっているし、お給金の方もたくさんもらっているから何も言うことはないんだけど。……強いて言うならこの仕事は住み込みだから、お父さんの様子が分からないのは少し不安かな。まあ、月に一度は見に行く機会はあるからあんまり気にしてないよ。だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないで、私は大丈夫だから」

「……そう」


 本当に何にも不満がなさそうで、むしろ私の方が気を遣われる始末だった。今日、このことを知れたのは本当に良かった。ヒロインに幸せになってほしいから、ゲームの通りネイビーを汚すのは変わりないけど、その後にはちゃんとネイビーにも幸せになってほしい。本当にネイビーに幸せになってほしいのなら手を出さなきゃいいだけなのにそうはしない自分の自己中心的な考えが嫌になる。それでも、クズはクズなりにネイビーが幸せになれるようにこの問題をどうするべきか考えよう。










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