第10話
魔法とはイメージだ、なんてことを思っていた時期もあったが実際はそんなことはなかった。魔法は自分が考えた妄想が全て叶う、そんな夢のような代物ではなかった。
この世界にはそこかしこに魔素が満ちている。その魔素を体内に取り込むことで自分の魔力にし、取り込んだ魔力を用いて今度は逆に魔素に働きかける、これが魔法だ。魔素はそのままでは現実世界に影響を及ぼさないが、誰かの魔力によって染められることで様々な現象を引き起こすことができる。
では、魔力を用いれば何でもできるのかと問われれば、否であると答えるしかない。この世界には属性と言うものがあるからだ。魔法とは、自分の魔力を用いて魔素を好きな形に変えるようなイメージなのだが、属性とは変形させやすい形のことだと私は考えている。火魔法なら火魔法の、水なら水の現象を引き起こすための形があり、属性は魔素をその形にしやすいように補助してくれるものなのだ。本来、魔素を自分の望む形に変えることは難しく、高度なものになればなるほど大量の魔力を必要とするが、属性がその形成、あるいは変換の効率を高めることでそれを可能とする。
長くなってしまったが、とにかく私が言いたいことは、私の使える魔法は基本的に闇魔法だということだ。かっこいい魔法もなければ、派手なものもない、強いて言うなら外道なものばかりの闇魔法だけなのだ。
さっきから向けられている期待に満ちた眼差しに見合うほどの魔法を見せられるだろうか? がっかりされるのは少し嫌だな。——まあ、とりあえずは前から練習していた
「どう? 大人になっているように見える?」
「……う、うん。ルイスをそのまま大人にしたみたい」
どうやら上手くできたようだ。感覚では大丈夫だと思うのだが、自分では確認できないのはかなり不便だと思う。もう少し慣れたらそんなこともなくなるのだろうか?
「すごいね、ってあれ?」
何かをつかもうとしてすかされたようになるネイビー。位置からして手でも握ろうとしたのだろうか? やっぱり自分からは見えないのは渋いな。
「ああ、言ってなかったけどこれは完全に幻覚だから。俺が実際に大人になっているわけじゃないの」
そう言いながら、魔法を解除する。練度が足りないから見た目しか偽装できないけど、もっと練習すれば感触すら騙すことができるようになるだろう。
「すごい、すごいよ、ルイス。こんなこともできるなんて」
「ま、まあね」
「ねえ、もっと他にはないの?」
「……う~ん、そうだな」
魔力にはまだまだ余裕があるので、他に何を見せるかを考えてみた。今闇魔法を使ってみて感じたのは、この魔法は、自分に魔法をかけて違う姿に見させているのではなく、相手に魔力を送り、魔法をかけて認識をごまかしているということだ。だから、魔力量の少ないネイビー相手にはさほど魔力を使わずとも幻覚を見せられるのだろう。自分自身に対しては闇魔法が効きすぎてしまうから上手くいかなかったのだろうと今更ながらに気づいた。そのことを確認するために、ネイビーにある提案を持ちかける。
「じゃあさ、精神魔法をかけてみてもいい? ちょっと試してみたいんだ。あっでも嫌だったらちゃんと嫌って言ってね? 無理やりはしたくないから」
「別にかけていいよ。やってみて」
あまりにも軽い返答に私の方が面食らってしまい、『本当にいいの? もっとよく考えて?』と念を押すも、逆に『だから別にいいって。ほら早く』と急かしてくる。私が酷いことをするなんて露ほども思っていないのだろう。少し不安になる態度だったが、もし何か有りそうだったら私が守ろうと思いながら、
申し訳ないと思いつつも、実験のため何か命令を送ろうと考えた末に『筋トレをして』と口にしてみた。すると、ネイビーはすぐさまスクワットを始めた。光の無い目をした女の子が荒い息を吐きながらスクワットをしている絵面に、そこはかとなくやばさを感じたが、これは実験だからと誰にするでもなく言い訳をして自分を納得させる。しばらくそのまま見ていると、疲れたのかペースが落ちてきて、ついにはスクワットを止めてしまった。注意深く様子を見ていると、少し休憩した後に今度は腕立て伏せを始めるネイビー。ただ、これも無理はすることなくある程度の時点で終えて休憩に入った。なるほど、他人にかけるとそこまで変なことをせずきちんと趣旨通りの命令をこなすことができるのだろう。そんなことを確認したところで、魔法を解除する。
「っはあっはあ、あれっ、私なんで?」
「お疲れ様。さっきまで、ネイビーは筋トレしてたんだよ。その間の記憶はある?」
かかっているときの状態が知りたくてそう聞くと、乱れた息を整えながら答えてくれた。
「う~ん、言われてみればそんなことをしていたような気もするけど全然覚えてないや。なんだか頭にモヤがかかった感じで、ぼんやりしているんだよね」
なるほど、魔法をかけていたときの記憶は解除した後もぼんやりしているのか。これは上手く使えるかもしれない。やっぱり自分一人でいろいろやるのには限度があったから、ネイビーの存在は本当にありがたい。
「なるほど、ありがとう。後ごめんね、勝手に筋トレさせちゃって」
「ううん、大丈夫。むしろ私の方こそ、こんなに魔法を見せてくれてありがとうね」
明るい笑顔でそう言うネイビーの顔を私は直視できなかった。心にやましいことがありすぎた。ただ、その時が来るまではこの笑顔を守っていきたいな、と思いながら『どういたしまして』と私は言った。
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