第9話




 まあ仕方ない。いつまでもめげ続けるのは好きじゃないので、もう考えないことにした。文句を言っても何が変わるわけじゃないからね。また今度新しい計画でも作ろう。まだまだ、この世界では新参者だからね、もう少し経てばいい考えも浮かぶだろう。それでもギルドに行くために練習した魔法を使わないのはもったいないので、何か使えないかと画策していた。


 ということで、ただいまネイビーを驚かせるために姿を消す魔法ステルスという魔法を使って隠れている最中だった。ちなみに名前は勝手に私が付けた。別に詠唱とかしなくても使えるんだけど、それじゃ気分が乗らないからね。それに前世の頃からこういう名前を考えるのは好きだったので、新しいことができるたびにどんどん名前を付けている日々だった。


 後付け加えるなら、これは単なるいたずらじゃなくて魔法の試運転を兼ねているのだ。感覚ではできていると思うんだけど、この魔法は実際に姿を消しているわけじゃなくて、相手の認識を歪めているだけだから鏡じゃ確認できないんだよね。だから上手くいっているかの確認も含めてのこのお遊びだった。そうこうしているうちにノックの音が聞こえた。どうやらネイビーが来たようだった。すぐに『どうぞ』と声を掛けて入室を促し、扉が開くことを確認する。


 ネイビーは初めの方こそピシッとした態度を崩さなかったが、最近は気を許してくれたのかすぐにリラックスしてくれるようになった。流石にベッドにダイブしたりはしないものの、気を張り詰めた状態から緩んだ感じになってくれるのは信頼されているようで嬉しかった。そんな風にネイビーの態度の変化を懐かしんでいると、ようやく部屋の主がいないことに気が付いたのかきょろきょろしだす。


「あれ? ルイス~? おっかしいな。声はしたんだけど」


 ちょくちょく私がいる方を向いても何も反応がないところを見ると、どうやら成功したらしい。試しにネイビーの前で、手を振ってみるも何も反応がない。——触られたらどうなるのか試すために、ちょっとお尻でも触っちゃおっかな? ……い、いや、他意はないんだけどね、うん。その柔らかそうなお尻に触れたいとかそんなこと思ってないけどね? ——ま、まあ、それはやめておこうかな。ほら、距離感が分かってない上司とかうざいじゃん? 社会に出たことないから知らないけど。とりあえず、肩でも触って確かめてみるか。そーっとそーっと……


「うわ、何、何? なんかいるの?」


 あはは、慌ててる、慌ててる。へえー、体に触っても、効果は切れないのか。勉強になったな。相手の魔力量とかによってそれは変わりそうだけど、いい実験になった。あっ、そろそろ部屋の外に行かれそうだから種明かしといくか。


「じゃじゃーん」

「ひっ、……って、ルイスか。はあ~びっくりしたあ」


 予想以上にネイビーが驚いてしまったので、逆にこっちがびっくりしてしまう。確かに急に人が現れたりしたらこうもなるか。でも、私はあくまで余裕を持った感じで行かないと。


「ふふふ、びっくりしたでしょ」

「いやあ、本当にびっくりしたよ。どこに隠れてたの」

「ふっふっふ、それはね~、闇魔法でちょちょいっとね」


 手をくるくると回しながら言ってから気が付いた。そういえば闇魔法って嫌われていたんだっけ? それなのにこんな自信満々で言ったら折角仲良くなったのにまた距離が空いてしまうかも、そんな風に思っているとネイビーはなんでもないかのように答えた。


「へえ~、そうなんだ」


 あまりにも淡白な反応で身構えていた自分が馬鹿らしかった。それでも内心はどう思っているか分からないのでおずおずとしながら聞いてみる。


「闇魔法が怖くないの?」

「うん、特に」

「だって、洗脳とかできるんだよ? もしかしたら、ネイビーが知らないうちに変なことしてるかもしれないよ?」

「ふふっ、変なことって何? まあでも、最初は少し怖かったけど、それはお貴族様だったからで、闇属性云々は別に関係なかったかな。もちろん、今はルイスのことを信じているからね」


 屈託のない笑顔でまっすぐこちらを見るネイビー。ま、眩しい。貴方の目の前にいるのは、貴方のお尻を触ろうとした犯罪者ですよと告白したくなる。それに将来ネイビーにはひどいことをしなきゃいけないのにそんな風に思われると心が痛む。私はそんな動揺を隠すように端的に『そう。ありがとう』と伝えると、目を輝かせたネイビーに『もっと他には何かないの?』と尋ねられた。


「ほ、他? いやあるには、あるけど」

「ホント? ねえ、良かったら見せてくれない?」

「別にいいけど、そんなに興味あるの?」

「うん。私にはあんまり魔力ないから使える魔法は微々たるものだし、他の皆だって大体そんなものだから、機会があったら見てみたかったんだよね。それに、闇魔法は今まで見たことなかったし」


 顔を近づけながら興奮気味にまくしたてるネイビー。そんな姿は見たことなかったので、少しびっくりしたけどその気持ちは分かる。私も魔法があると知ったときはそんな風に思ったものだし、パパがたまにカッコいい魔法を見せてくれた時はテンションが上がったから。でも闇魔法では期待に応えられないと思う、そう告げようとしたがネイビーのキラキラとした目を見ると、そんなことは言えなかった。


「じゃあ、期待に沿えるかは分からないけどやってみるね」


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