閑話 悩める二人のクズ
ヴィクター・アルトリオンにとって、もっとも重要なのは己の人生である。
多くの妻を持ち、子を設けたのも、彼等を養分として自らの利益を高めるため。
家族愛など微塵もなく、御家の存亡に関しても、次代以降のことなど知ったことかと、そう捉えていた。
ゆえにこそ。
ヴィクターはコントロールしやすい馬鹿を次期当主に選んだわけだが……
「ここまで愚かな息子だったとは、我が目を以てしても見抜けなんだ」
執務室にて。
ヴィクターは独り、か細い声で呟いた。
「必死こいて頭を下げ、口八丁の末にどうにか、ソニアの一件に光が差したと、そう思った矢先……またもや問題を生み出すとは」
ヴィクターが屋敷を離れていたのは、ローグとソニアの婚約破棄を阻止するためだった。
彼女の父にして現ツヴェルク家当主、ヴァニア・ツヴェルク。
彼と対面し、今まで培ってきた全ての技術を以て、なんとか好感触な反応を引き出した……まではよかったのだが。
屋敷に帰って早々、自らの目論みにヒビが入るような情報を、ヴィクターはその耳に入れることとなった。
「……使用人およびルブルスについては、どうとでもなる。問題なのはソニア、か」
彼女は自領へ帰還後、ヴァニアに対してゼクスの優秀さを懇々と説くだろう。
子煩悩な父としても、公爵家当主としても……
ヴァニアが選択すべきは、ソニアとゼクスの婚約ということになる。
「ローグとゼクス。優秀な胤はどちらかと言えば……そんなもの、考えるまでもない」
今や、圧倒的に後者であろう。
だからこそ、合理的な判断をしたならば、ヴァニアはゼクスを選ぶこととなる。
「厄介なことに……これに対する反論が、まるで浮かんでこない」
相手方の狙いは、当家との繋がりを得ること。
極論を言えば、ローグだろうがゼクスだろうが、婚約者は誰でもいいということになる。
だがヴァニアは子煩悩ゆえ、娘の自己意思を重視するだろう。
ここに対して。
ヴィクターの狙いは。
「公爵家との繋がりを持つことによる権威向上……だけでなく、公爵家の令嬢と婚約させることで、ローグに付与された箔をさらに押し上げようと、そう考えていた」
次期当主の箔を高めれば、選定者たる自分の評価も向上する。
そこを狙っていたわけだが、しかし。
「結局のところ、それは儂の個人的な都合に過ぎぬ。ゆえにヴァニアがそれを飲む道理がない」
一息吐いてから。
ヴィクターは天井を見上げつつ、呟いた。
「……ローグを消して、ゼクスを次期当主に据えるというプランが、現実的なものになってきたな」
極度の怒りと殺意を覚えたとき。
ヴィクターは逆に、普段以上の怜悧さを獲得する。
それは幼い頃より続けてきた、精神鍛錬のたまものであった。
「現時点において、ベストな選択は……まだローグの方ではある、が」
全ては御前試合にて、判然とするだろう。
ゼクスの力量が、どれほどのものか。
それを目にした上位者達が、いかなる反応を見せるのか。
その結果いかんによっては、
「極めてリスクの高い存在、ではあるが……ゼクスを、次期当主に据えることとなろう」
今後は彼を籠絡するための手段を講じていく必要がある。
と、そのように考えてからすぐ。
ヴィクターは愚息の姿を脳裏に浮かべながら。
「もしゼクスの方を選ぶことになったなら……不要となった駒は、儂が手ずから砕いてくれる」
◇◆◇
ローグ・アルトリオンは、現実を受け入れてはいなかった。
決闘の後。
彼は溢れる激情を晴らすべく、城下のダンジョンへと向かい――
一〇階層にて。
向かい来る魔物を斬り刻む。
「死ね、オラァッ!」
斬る。
斬る。
斬る。
その剣は、彼の目線で見れば実に冴えたものであり……
同年代最強の呼び声に相応しいのは自分だと、ローグはそんな自己評価を未だに崩してはいない。
「ハァ……ハァ……そうだ……何かが、間違ってたんだ……」
今日はたまたま、自分が不調で。
ゼクスが好調だったのだと。
ローグはそんなふうに、思い込もうとする。
「所詮、あんなの……練習みたいな、もんだ……」
本番はあくまでも御前試合。
そこで勝てば、全てを取り戻すことが出来る。
「はは……そうだよ……次やれば、オレが……」
自己暗示の言葉は、しかし、最後の段階を超えることなく霧散して。
彼の心に、浸透することはなかった。
「ッ…………!」
あと一歩のところで、思い込むことが出来ない。
自分の方がゼクスより上だと。
そんなふうに、自分を信じることが出来ない。
「クソがぁあああああああああああああああああッッ!」
感情にまかせて、壁を殴る。
骨が軋み、皮が破け、血が滴り落ちてもなお。
ローグは石造りの壁を、殴り続けた。
「うぁああああああああああああああああッッ!」
荒れ狂う心模様。
そんなローグへ、次の瞬間。
「おやおや。ずいぶんとお怒りのご様子」
場に響く音の中へ、男の声が、溶け込んだ。
実に軽薄そうな音色を耳にして、ローグは手を止め、
「なんだ、テメェ……!」
相手方へ、射殺さんばかりの視線を向ける。
常人であれば竦み上がっているところ、だが。
全身を黒ずくめの装束で覆い隠した、その男は、泰然自若とした構えのまま。
邪な笑みを浮かべながら、次の言葉を紡いだ。
「――貴方の不安を、消し去ってあげましょう」
~~~~あとがき~~~~
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