第一六話 兄が弱すぎて、逆にビビる
やろうと思えば、その場にて兄をボッコボコにすることも出来た。
しかし……
今回の決闘を機に、ルブルスへの仕返しが出来るのではないかと、そう考えたがために。
「現在、屋敷に居る者全員に、我々の勝負を見ていただきたいと考えているのですが、いかがでしょうか」
その中には当然、ルブルスも含まれている。
もしここに父が居たなら、なんとしてでも止めていただろう。
何せ奴は人格こそ終わってるが、頭はメチャクチャいいからな。
今回の決闘が皆に見られた結果、どのような悪影響が出るか、わからぬはずもない。
だが残念ながら、父は屋敷を離れているため……
アホの決断が、そのまま通るという状況となっていた。
それゆえに。
「上等だッ! 大勢の前で、てめぇをブチ殺してやるッ!」
うん。
個人的にはね、根拠のない自信って、必要だと思う。
それがないと強いストレスや不安を受けたときに、あっさりと心が折れちゃうからね。
だから一定レベルの自信っていうのは、たとえ無根拠であったとしても、持っていた方が人生は好転すると思う。
だがローグ。
テメーはダメだ。
根拠のない自信が行き過ぎていると、人生はむしろ、ひっどいことになる。
それを証明するために――
今。
我が家の敷地内に設けられていた訓練場にて。
俺は、ローグと対峙している。
ここは小規模なコロシアムといった内観となっていて、使用人達の多くが上から見下ろす形で、俺達の動向を見守っていた。
そんな観客達の中には。
「ふぁ~……」
「結果がわかってる勝負ほど、退屈なものってないわよねぇ~」
応援する必要もないといった調子で、こちらを見つめるレオナとノルン。
「さて。我が愛しの君は、どれほどの御力を見せてくださるのかしら」
二人とは対照的に、目を煌めかせながら状況を観察するソニア。
そして――
審判役を務めることとなったルブルスは、肩を竦めつつ、
「今すぐローグ様に謝罪すれば、最悪の結末を避けることが出来るかと」
こちらに対して、舐めた態度を取ってくる。
「以前、ローグ様が不覚を取ったことは厳然たる事実。どのような手を使ったのかは存じませんが、貴方は急激に力を付けたようですな。しかし……ラッキーパンチは二度、三度と命中するものではありませんよ、ゼクス様」
とまぁ、こんなことを言うのも無理からぬことだろう。
何せコイツの中では、情報のアップデートがなされていないのだから。
ルブルスが知り得ているのは、少し前、ソニアの目の前でローグをブッ飛ばした、その当時の情報のみであろう。
以降、何度となくローグに腹パンをブチかましてやったわけだが、そこについては秘匿されていたり、現場に居合わせていなかったりしたので、知らなくて当然だ。
そこに加えて。
「ローグ様を指導しているのは、この私、ルブルス・ボードウェル。国内でも最高峰の戦術指導者たる私のもとで、修練を積んでいる以上……ローグ様が貴方如きに、二度も不覚を取るはずがない」
こいつの場合は、それなりに根拠のある自信ではあるんだけど。
まぁ、ローグのそれも含めて、ブチ折ってやるとしよう。
「無駄口を叩いてないで、さっさと審判役の務めを果たしてくれないか」
「……チッ。調子付いたガキが」
これ聞こえるように言ってるよね。
わざとだよね、絶対。
「では……始めッ!」
開始の合図がルブルスの口から放たれると同時に。
「覚悟しろや、ゼクス……! てめぇの人生はッ! ここまでだッッ!」
木剣を握り締めながら、こちらへと踏み込んでくる。
レオナを使役する前の段階であれば、目にも止まらぬ速さとして認識していたのだろうけど。
「うわ、おっそ……」
こちとらパラメーター平均13000超えである。
ノルンを使役したことと、つい先日ドラゴン・ゾンビを討伐したことが重なったことにより、俺のパラメーターは飛躍的に上昇していた。
その一方で、ローグの平均値は3000前後に過ぎない。
よって現在、俺と奴の差は、実に四倍以上。
となると、流石に。
「死ねやぁッ!」
繰り出してくる剣の動作が、あまりにも遅く感じる。
使用人とルブルス、そしてソニアからしてみれば、きっとローグの速度は凄まじものとして映っているのだろうけど……
俺からしてみれば、こんなのわざとでもない限り、当たらないんだよなぁ。
「っ……!?」
「ぜ、全部、避けてる……!?」
「な、なんで、こんな……!?」
使用人達からしてみれば、信じがたい光景だろう。
これまで常に劣後し続けてきた落ちこぼれが今、同年代最強の全力を、平然とした調子で受け流しているのだから。
そしてそれは。
ルブルスにとっても、想定外極まりないものだったようで。
「ッッ……!?」
言葉にならないって感じだった。
ていうか。
ほんっとに遅いな、ローグの攻撃。
こんなん、よそ見してても避けられるわ。
「くッ……! 虎狼牙ッッ!」
《剣聖》特有のアクティブ・スキルを発動し、剣を閃かせる愚兄。
これに対し、俺の中でちょっとした悪戯心が芽生え――
「――竜斬功」
こちらも《剣聖》のアクティブ・スキルを発動し、あえてローグが繰り出した木剣へと、自らのそれを叩き付けた。
刹那。
バキリと音を立てて。
相手方の木剣が、真っ二つになる。
「~~~~~~ッッ!?」
吃驚する愚兄、だが。
その反応を示したのは、奴だけではない。
「な、なぜ、《剣聖》のスキルをッ……!?」
ルブルスもまた、冷や汗を流して、驚いている。
使用人達に至っては、もはや声も出ないといった様子。
一方で。
ソニアはといえば。
「うふふふふふふ……! やはりゼクス様で正解……! 彼と結ばれたなら、一族は向こう三百年は安泰ですわ……!」
獲物を見る猛禽類みたいな目をしている。メッチャ怖い。
「う、嘘だ……! こ、こんなこと、あるわけ……!」
狼狽するアホのローグ。
まぁ、可哀想だなって思わなくもない。
生まれついてのアホとはいえ、そこをちゃんと矯正しなかった父にも、一定の責任はあるだろう。
力を持つべきでない愚者が滅法強い能力を得てしまったことで、ローグは今、非常に危うい立場へと立たされている。
そんなアホを前にして。
俺はもう十分に憂さを晴らしたと、そう考えた。
これまでの暴行については、少なくとも今、水に流してやろうと思う。
だが――
子猫のアスタリアを蹴り殺そうとしたことについては、死んでも許さん。
アレ以降、彼女は俺の前に姿を現さなくなっていた。
きっとこちらの傍に居ることを、リスクだと判断したからだろう。
マジで許せねぇ。
彼女はゼクスである俺にとって唯一の友であり、癒やしだったというのに。
「兄上」
「あぁッ……!?」
俺は表面上、穏やかな顔をしつつ。
内心にて、鬼の形相となりながら。
奴の心を、地獄へ突き落とすための言葉を、放った。
「貴方の長所とは即ち、《剣聖》のメイン・スキルを有していたことに他ならない。しかして今……俺もね、持っているんですよ。貴方のそれと全く同じものを」
「……は?」
「いや、正確に言えば……貴方よりも遙かに熟練度の高い《剣聖》スキルであると、そう述べるべきでしたね。その証拠に」
俺は唖然とするアホを前にして、木剣を構えつつ。
「奥義・壱ノ型――天魔滅衝斬」
ユニーク・アクティブを発動。
刹那、木剣が煌めく光の刃へと変換され、刀身を伸ばしていく。
それをローグへと繰り出し……
あえて、空転させた。
しかしその脅威は十分に伝わったようで。
「ひぃっ!」
小さな悲鳴を漏らしながら、尻餅をつく愚兄。
そんな奴へ、俺は次の言葉を放った。
「唯一無二の取り柄である《剣聖》のスキル。それが無価値なものとなった今……貴方にはいったい、何が残されているのでしょうね?」
答えは「何も」だ。
ストレス解消用のサンドバッグにすらならない。
完全なる無価値である。
と、そんな意思が視線から伝わったか。
「て、めぇええええええぁああああああああああああああッッ!」
勢いよく立ち上がり、折れた木剣を携えてやってくるが、しかし。
こいつが相手なら、剣を使うまでもない。
肉迫の瞬間、その顔面へと右ストレートを一発。
果たしてアホのローグは以前と同様、放物線を描きながら吹っ飛んでいき……
地面に衝突して以降、ピクリとも動かなくなった。
「さて……ルブルス」
「っ……!」
勝敗の宣言など、促す必要もない。
もはや決着はついた。
それは観客の反応を見るに明らかだろう。
だから。
俺が奴へ言い放ったのは。
「お前の戦術指導とやらも、たいしたことはないんだな」
プライドをズタズタに引き裂くこの一言で以て。
ルブルスに対する「ざまぁ」の第一弾とする。
「ぐぐぐぐぐ…………!」
血が滴らんばかりに、拳を握り締めるルブルス。
そんなザマに愉快な気分となりながら。
「ではミス・ソニア。婚約者はローグから俺へ変更ということで」
「えぇ。もちろんですわ、ゼクス様」
うっとりとした様子のソニア。
そんな彼女へ、俺は苦笑を返すのだった――
~~~~あとがき~~~~
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