第一五話 本番前の段階でやられに来るのか……(困惑)


 プラチナブロンドの美髪を揺らめかせながら、ソニアがしゃなりとした足取りでこちらへとやって来る。


 その眼差しは実に熱っぽく……


 だからこそ、こう思う。

 意味が分からん、と。


「朝方の訪問、不躾であることは重々承知しております。しかしながら、こちらに滞在出来る期間が本日までとなっておりまして。最後に一目、ご尊顔を拝ませていただきたく、参上いたしましたの」


 ……意味不明レベルが、さらに増大した。


 今し方の台詞は明らかに、愛する殿方へ向けたものだ。

 こればっかりは間違いない。


 その対象が婚約者であるローグだったなら、何も不自然ではないのだけど……

 彼女の瞳が見据えているのは、この俺である。


 ……あまりにも、わけがわからなかったので。

 俺は彼女へ次の問いを投げた。


「ソニア様。貴女には、婚約者がおられますよね?」


「えぇ。これ以上なく素敵で、雄々しく、きっとこの国の歴史に名を残すほどの御方が、ね」


「……兄がそこまでの器とは、正直、思えませんが」


「兄? もしや、ローグ様のことをおっしゃっているのですか?」


「えぇ、まぁ。それ以外に、誰が居るというのです?」


 ソニアの婚約者はローグである、と。

 そんな前提が、次の瞬間。


「はぁ。どうやら、行き違いが起きているようですわね」


「行き違い?」


「左様にございます。何せゼクス様。今は貴方様こそが、わたくしの婚約者となっているのですから」


 前提が。


 完全に。


 引っ繰り返った。


 ……ついでに俺も引っ繰り返りそうになったが、なんとかこらえて。


「俺が、貴女の、婚約者……?」


「あらあら。どうやら貴家のご当主は想定以上に、わたくしとローグ様の婚約破棄を不快に思われているようですわね。まさかゼクス様に、ご一報することもしていないとは」


 いや、婚約破棄て。

 どうなってんのマジで。


「……よもや、俺をからかっておられるのですか?」


「ふむ。急にこのような話をされたなら、そういった考えになっても無理はありませんわね。しかしながら、貴方様に対する想いは紛れもない真実。その証拠として……今すぐに、貴方様のたねを受け入れてもよいと、わたくしはそう考えておりますわ」


 ずずいと、こちらに近寄ってくるソニア。


 胤を受け入れるって、つまり……

 おしべとめしべをアレする的なアレだよな?


 ……ダメだ。

 余計にわけがわからなくなってきた。


 と、俺が頭を抱え始めた頃。


「ゼェェェェクスゥウウウウウウウウウウウウッッ!」


 聞き慣れたアホの声が耳に入った瞬間。

 俺の全身が、反射的に動作した。


 小さく横へステップ。

 その直後、アホのローグが視界に入り……


「っ……!」


 こちらの後頭部目掛けて繰り出していた拳を、奴が空転させてから、すぐ。


「おべぇッ!?」


 昨日のように、腹パンをブチかましてやった。

 しかし今回は惚れた女が目の前に居るからか、奴はなんとかこらえて、


「ミ、ミス・ソニア、から……! 離れ、ろ……!」


 どうやら奴には、俺が泥棒猫のように映っているらしい。


 誤解にも程がある。

 俺からしてみれば、ソニアになどなんの興味も…………ん? あれ?


 よくよく考えてみれば、めっちゃ好都合じゃね?


「ソニア様。貴女と婚約した場合……俺を貴家の養子として、迎え入れていただけますか?」


「えっ? まぁ、そうですわね。そこについては両家のご当主次第となりますが……ゼクス様は現状、次期当主というわけでもありませんし、交渉は可能かと」


「あっ。じゃあ婚約しましょう」


 と、そんなことを口にした瞬間。


「て、めぇええええええぁああああああああああああッッ!」


 アホが突っ込んできたので、回避した後、足を引っかけてスッ転ばせてやった。


「ぶべぇッ!?」


 地面へ頭から突っ込んでいくアホのローグ。

 実に無様だな、ざまぁみろ。


「ゼ、ゼクス様。先ほどのお言葉は……本気、なのですか?」


 と、目をパチクリさせたソニアに対して。

 俺が返事をする前に。


「こ、こここ、婚約っていうのは!」


「もうちょっと、真剣に考えるべきなんじゃないかしらぁ~!」


 レオナとノルンが捲し立ててくる。


 ……あぁ、そうだった。

 この二人と、フラグが建ってるんだった。


 しかしなぁ、今後のことを考えると、ソニアとの婚約が好都合なわけだし……

 どうしたもんかと、そう考えた矢先。


「そちらの方々は、ゼクス様の大切な御方、なのですか?」


「えぇ、まぁ、そうですね。……奴隷にそんな情を向ける男は、やはりお嫌いですか?」


「いいえ。そもそもわたくしは、奴隷制に反対の立場、ですので。むしろ惚れ直しましたわ、ゼクス様」


 そんなことを口にして。

 情熱的な眼差しを、より一層強くしながら。


「わたくしは貴方様の御意思に無理やり介入するようなことはいたしません。どのような御方と関係を持っても、それはゼクス様の自由。よって……そのお二人とも、ご婚約なさればよろしい」


「「えぇえええええええええええっ!?」」


 あまりにもブッ飛んだ発言に、レオナとノルンが同時に叫んだ。


 俺もまた、呆然とするしかない。

 公爵家の御令嬢様とは思えないほどの、革新的な思想。

 それを感じ取ったがゆえに。


 俺は一つ、納得した。

 ローグをフったのは、嘘偽りのない真実である、と。


 この人は、奴が相手取るにはあまりにも分不相応というものだ。

 まぁ、俺がその器だとは、言わんけどね。


 でも、間違いなく断言出来るのは。


「ふ、ふざけんじゃねぇッッ!」


 フラれたことを受け入れず、未練タラタラに喚く男は、マジでダサい。

 そう。

 アホのローグがまさにそれだ。


「オ、オレは認めてねぇぞッ! ゼクスなんぞに奪われてたまるかッ!」


 うわぁ。

 こいつ、ソニアのことを一人の女性じゃなくて、モノかなんかだと捉えてるよ。


 俺は数十年モノの童貞だけど、それでも確信を以て言えるね。

 こいつよりかはキモくないって。


「ふむ。ではローグ様。貴方様の実力を、わたくしに見せ付けてくださいませ」


 ……んん?


「ゼクス様をわたくしの目の前で、打ちのめすことが出来たのなら。先の一件は、なかったことにいたしましょう」


 なんか、よくわからんが。


「っ! わ、わかった! こんな奴、簡単に――おげぇッ!?」


 アホの態度がムカついたので、とりあえず腹パンしたわけだけど。


 もう完全にグロッキーだよ、こいつ。

 やる前の時点でわかっちゃってんじゃん、結果が。


 それでもやらなきゃいけないの? と、そうした意思を視線でソニアへ伝えてみたところ。


「わたくしはつい先日、ローグ様に強烈な張り手をいただきました。その際の衝撃で頬骨にヒビが入ったうえ、奥歯も折れましたわ。……聡明なるゼクス様であれば、わたくしの気持ちを、ご理解いただけますわよね?」


 あぁ、うん。

 じゃあもう、しょうがないな。


 本当は御前試合までぶつかるつもりはなかったんだけど。

 ソニアの憂さを晴らすために、今。


 我が家の敷地内にて――

 アホのローグを、ボッコボコにすることにしよう。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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