第九話 VS邪悪な魔導士
風呂から上がってすぐ。
俺はファスト・トラベルを行い、王都へと飛んだ。
それからグインの商会本部に足を運び、その正面玄関にて、
「本日は営業を終えておりますので、お引き取りください」
強面の警備員に、足止めされる。
が、レオナはそんな彼に腹パンを食らわせ、一撃で地面に転がすと、無遠慮に商会の内部へと足を踏み入れていく。
と、その瞬間。
「なんだテメェ、ごるぅああああああッ!」
「カチコミか、オラァアアアアアアアアッ!」
もうヤの付く人達じゃん、って感じの警備員達が、俺達を取り押さえようと襲い掛かってくるのだけど。
「ジャマ」
レオナが一瞬にして、片付けてしまった。
さすがパラメーター平均40000近くといったところか。
せいぜいが1000に到達するかどうか程度の警備員達では、お話にならないな。
「で……例の地下迷宮ってのは、どこにあるの?」
彼女の問いに対し、俺は商会の内部を歩きつつ、
「確か、ここだったような」
壁面を一定のリズムで七回叩く、と――
壁が開いて隠し通路が出現。
少し進むと地下へ続く梯子を発見し、俺達はそれを利用して地下迷宮へと入り込んだ。
ここはグインの手によって造られた人工のダンジョンであり、数多くの魔物達が放し飼いになっている。
その脅威度はなかなかのもの、だけど。
「俺達にとっては」
「雑魚も同然ねッ!」
ということで、アッサリと蹴散らしながら進行していき……
グインの魔導工房と思しきエリアに到達。
俺はもう何度も足を運んだ経験があるので、見慣れた景観として受け止めているけれど。
「うげ……! なによ、ここ……! きもちわるっ……!」
初見のレオナからすると、こうなるよな。
最初に入り込んだ一室は、薬液に漬け込まれた内臓やら眼球やら、あるいは魔物やらが並ぶ、いかにもマッドサイエンティストの研究室って感じのエリアで。
続いて我々が足を踏み入れたのは、無数の薬品が保管された空間であった。
「どれもこれも、扱うだけで極刑確定の魔法薬ばかりだな」
王国は現在、複数の国家を相手に戦争の真っ最中にあるわけだが、そんな国々の中には、実に二百年近く戦い続けているような相手も存在する、
ヴェルランド帝国というのがまさにそれであり、彼等は長きに渡る戦乱の中、王国を幾度となく危機に陥れてきた。
その手法は多岐に渡り……
ここに保管されている違法薬物もまた、その一種であった。
「……これが存在してたのは、やっぱ、そういうことなのかね」
俺は原作のシナリオを全て把握している。
だからこそ、グインが持つ裏の顔、というか。
その正体に関しても知り得ているわけだけど。
だからこそ思うのだ。
けっこう色んなところに、伏線が仕込まれてあったんだなぁ、と。
「……ま、今はどうでもいいこと、か」
俺はレオナと共に工房を進んでいき、そして。
「この先にグインが居る。戦う準備は出来てるか?」
「えぇ……! 楽しみでならないわ……! 奴の首を斬り落とす瞬間が、ね……!」
互いに頷き合った後。
俺達は同時に、目前のドアへと蹴りを叩き込んだ。
そうして奴の実験場へと、ド派手に登場したわけだけど……
「うん、よし。アタリを引いたみたいだな」
グインの目前にて、へたり込んでいる、エルフの美少女。
蒼穹色の髪はしばらく洗っていないからか、随分とくすんでいて。
純白の美貌もどこか、薄汚れた状態となっている。
身に纏っているのは、ボロボロな布きれといったもので……
凄まじい爆乳と、むっちむちな太股、そして魅惑的な尻たぶが、まったく隠し切れてはいなかった。
そんな彼女の姿を目にした瞬間。
レオナが、吃驚の声を漏らす。
「っ……!」
ついさっきまでは、グインを目視確認すると同時に斬りかかってやろうと、そんな剣幕だったのだが……今、彼女は完全に固まって、動作を停止させている。
無理もない。
死んだと思い込んでいた姉貴分が、生きていたわけだから。
そんな相手方……ノルンは、次の瞬間。
「たすけて、レオナっ……!」
逃げて、ではなく。
助けて、と。
そんな言葉を放った。
……ノルンという少女は芯が強く、自分よりも他人を優先するような性格をしている。
彼女は常々、レオナを含む親しい存在のことを想っており……
皆のためなら命を擲ってもいいと、そう本気で考えているほど、家族愛が強い。
にもかかわらず。
そんなノルンが、レオナに対して、助けを求めたのだ。
彼女の性格上、ここは「逃げろ」と言うタイミングである。
何せノルンからすれば、グインは絶対に倒せない存在なのだから。
なのに彼女は、「助けて」と口にした。
……今日、このときに至るまで、どれほどの生き地獄を味わってきたのだろう。
少なくともそれは、彼女の芯をねじ曲げるほどの、凄惨な日々であったに違いない。
そう思うと。
グインに対して、強い義憤が湧き上がってくる。
「原作でもそうだったけど……容赦する必要がなくて助かるよ、ホントに」
刃を抜き放ち、戦闘モードに切り替わる。
そんなこちらの隣で、レオナは無言のまま、剣を構えていた。
もう完全に、怒りという概念を超えているって感じだ。
今の彼女は目的に向かって一直線に飛ぶ、弾丸のような存在となっている。
そう。
グインを斬り殺すという目的意識を残して、それ以外の全てが、レオナの中からは消失しているのだ。
果たして。
そんな俺達を前に、グインはというと。
「ふむふむ。赤い獣人の方はさておき。地下迷宮を抜けて来たということは……少年、君も中々の肉体を持っていると見受けられるな」
爬虫類めいた気味の悪い相貌に、笑みを宿しながら。
腰元に提げていた剣を、抜き放つ。
禍々しい形状のそれは……今回、俺が目的としているアイテムの一つ。
魔剣・グラド=エヴィオス。
レオナと共にグインを討つというサブイベントをこなさない限り、決して入手不可能なユニーク装備であり、PvEコンテンツにおいては、最強クラスの一振りとして認知されている。
それを構えながら、グインは笑みを深め、
「獣人共々、実験台にしてやろうねぇぇぇぇ……」
宣言すると同時に。
「パラライズッ!」
対象へ麻痺を付与する、《バッド・マスター》特有のアクティブ・スキル。
状態異常系の力というのは基本的に、対象の魔防値に応じて成功確率が変動するものだが……
グインは《バッド・マスター》のユニーク・パッシブを得ており、それゆえに。
「ふははははははは! どうだぁ!? 動けまい!」
確率計算など発生することはなく。
グインが扱う状態異常系のアクティブ・スキルは、必中となる。
通常であれば、奴のパラライズを受けると五秒間、身動きが取れなくなってしまう。
そこからさらに。
「まずは赤い獣人ッ! 久しぶりに、お前の悲鳴を聞かせてもらおうかッ!」
奴が構えた魔剣・グラド=エヴィオスが、猛威を振るわんとする。
その刀身に宿りし力は、猛毒の付与。
これは通常の毒ダメージとは別ジャンルのバッド・ステータスとして扱われており、あらゆる毒対策が通用しない。
そのくせをして、通常の毒よりもさらに高い割合ダメージを誇っており……
理論上、あらゆる敵モンスターを、この一振りで討伐出来てしまう。
PvEコンテンツにおいては毒ダメージが優遇されているということもあり、構築ビルドの方向性次第では、まさに最強の一振りとなりうる装備品。
だが……
そんなチート過ぎる猛毒を付与する斬撃も。
当たらなければ、どうということはないんだよなぁ。
「シィッッ!」
五秒間、動くことが出来ないはずのレオナ。
しかし、彼女は鋭い呼気を放つと同時に。
向かい来るグインに対して、刃を閃かせた。
「ッッ……!?」
奴からしてみれば、想定外極まりないものだったのだろう。
それでも咄嗟に後方へ跳んで、致命傷を避けたのは、さすが強ボスの一人といったところか。
さりとて。
奴の胸元にはレオナが繰り出した斬撃の痕跡が刻まれており。
斬り裂かれた衣服の先で、うっすらと鮮血が流れる様が、確認出来た。
「う……! う……!」
ぶるぶると震えながら。
次の瞬間、グインが叫ぶ。
「――動いてんじゃねぇよッ! このクソボケがぁああああああああああッッ!」
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