第八話 邪悪な魔導士の工房にて


 世の中、何をするにしてもカネが要る。


 特に……

 魔導の道を極め尽くさんとするならば、金銭は常に不足するものだ。


 だからこそ。

 グインは商会の長という側面を持つに至った。


 善であることを捨てたなら、カネを稼ぐ方法などいくらでもある。

 彼はそうした考えのもと、邪知暴虐を働いた末に、巨万の富を得た。


 けれどもグインは成金として振る舞うつもりは毛頭なく、私生活においては質素倹約を心がけている。


 我が身は魔導士であり、カネに取り憑かれた愚かな亡者では断じてない。

 そんな考えを抱くグインが大金を使う場面は常に、魔導を探求するための手段としてであり……


 商会本部の地下に設けられた人工迷宮もまた、その一環であった。


 グインの探求は社会的に見れば違法を極めている。

 だからこそ、自らの工房を決して露見させるわけにはいかない。


 そのための工夫こそが、商会の地下に設けた人工迷宮であった。


 商会本部はまさに彼の城そのものであり、内部にて問題が生じても隠蔽は容易である。

 よしんば工房の存在が露見したとしても、そこへ辿り着き、証拠を挙げるには、踏破困難な迷宮を越えねばならず……


 グインにとってここはまさに、難攻不落の要塞であった。


 そして彼は営業を終えた後、夜な夜な工房へと足を運び……

 今宵もまた、本業である魔導の探求に、勤しんでいる。


「さてさて。今回はこの魔法薬を試してみようかねぇ」


 実験台となるのは、蒼穹色の美髪が特徴的な、エルフの少女。

 隷属の魔法を掛けられているがために、彼女はグインの行いを拒絶することは出来ず……


「くぅっ……!」


 薬液を振りかけられたことで、滑らかな純白の肌がドロドロと溶けていく。

 赤い肉と白い骨とが露出し、鮮血を流す様は実に痛々しいものだったが。


「ふぅ~む。予想とは異なる結果となったな。はてさて、何が原因であったか」


 グインからすれば、実験台がいかなる苦悶を味わおうが、知ったことではなかった。


 そんな彼が思索を行う最中。


 エルフの少女は歯を食い縛りつつ、


「メガ・ヒール……!」


 自らの肉体に回復の魔法を掛けて、むごたらしい傷を全回復させる。


 彼女はその身に《聖者》のメイン・スキルを宿しており、治癒と防御系の身体強化はまさに、神業と言えるほどの技量を誇っていた。


 そうだからこそ。

 現在、この工房に配置されている実験台は、彼女のみである。


「……いやはや。実に素晴らしい存在だよ、君は」


 思索を終えた後。

 彼女の傷が癒えていることを確認しつつ、グインは淡々と言葉を紡ぎ始めた。


「私の崇高なる探求には犠牲がつきもの。それ自体はまぁ、どうでもいいのだけどね? しかしまぁ、アレだ。奴隷というのは安かないんだな、コレが」


 実験台として使える、健康で若い奴隷となると、それなりに値が張るものだ。

 無論、グインは巨万の富を得てはいるものの、それでもこう思ってしまう。


「私の実験台になる以外、なんの価値もないゴミクズ共が。なぜに高額商品として扱われているのか。全く以て理解に苦しむよ」


 グインにとって、価値ある命とは自らのそれだけである。

 奴隷の命に関しては、そこらの害虫と同等か、それ以下。


 にもかかわず高いカネ払って補充するのは、実に馬鹿馬鹿しいことだと、彼は心の底からそう考えていた。


 ゆえにこそ。

 目前にて、彼を睨め付けるその少女はまさに。


「便利な道具では、あるのだけどねぇぇぇぇぇ………………その目を私に向けるなと言っただろうがぁああああああああああああああああああッッ!」


 突然の激昂。

 そして、グインは彼女の眼球へと二本の指を突き入れながら、


「なんべん刳り抜きゃ学習するんだッ! てめぇはよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 少女の目を容赦なく抉りながら、彼は怒声を放ち続けた。


「この崇高なる大魔導士、グイン・ノルヴァトーレに対してッ! まるで便所虫でも見るような目を向けるなどッッ! 神に唾吐く行為に等しき重罪だと、なんど言えばわかるんだッ! このクソド低脳がぁああああああああああああああッッ!」


 少女が魔法にて、失われた眼球を再生する最中。

 グインは彼女へ容赦のない暴行を加え続けた。

 しかし、それでも。


「この、クソ奴隷がぁ……! 性懲りもなく、同じ目を向けてきやがってぇ……!」


 エルフの少女は一言も発することなく。

 ただ視線のみで、己が意思を表明し続けていた。

 即ち――


“無価値なのはお前の方だ”


“このクソ野郎”


 そんな意思を消し去ること自体は、実に容易なことだった。

 他の奴隷と同じく、洗脳の魔法を掛ければいい。

 それだけで不快感とはおさらば出来る。


 だが。

 それは自分にとっての敗北ではないかと、グインはそう捉えている。


 こんなカス以下の奴隷に舐められたまま、洗脳で以てその意思を書き換えるなど、彼のプライドが許さなかった。


 ゆえにこそ。

 とは違って。

 最初から今に至るまで、エルフの少女には、洗脳の魔法を掛けてはいなかった。


「はぁぁぁぁぁ……獣人の方を手放したのは、失敗だったか……」


 エルフの少女を奴隷としたときのことを思い返す。


 今にして考えれば、それが最初で最後だった。

 この少女の心が、へし折れたのは。


 凄惨な拷問を受けてもなお、まるで応えなかったエルフの少女。

 しかしグインが一言、「同じ内容を妹分のあいつにやってみせようか」と、それだけのことを口にした結果……


 エルフの少女は涙を流しながら頭を垂れ、隷属することを誓ってきた。


「私は性的な概念がひどく嫌いだ。ゆえに奴のような乳と尻が無駄に発達したメスを見ると、吐き気が込み上げてくる。…………そういう意味じゃあ、てめぇも同じだけどなぁあああああああああああああああああああッッ!」


 なんとなく不愉快な気分になったので、とりあえず少女の頬を思い切り殴打する。


 エルフの彼女は実に豊満な乳房を有しており、最低限の食事しか与えてはいないというのに、その部位はまるで痩せ細ることがない。


「あぁぁぁぁぁ……! 腹立たしい、腹立たしい……!」


 性的な要素の全てを嫌悪するグインだが、目前の少女を苦しめられるのなら、それもやむなしかと、そのように考え始めた。


「実験ばかりでは、気が滅入るというもの。ここは一つ、ストレスの解消といこう」


 グインは牙を剥くように笑いながら、


「貴様のような穢らわしメス奴隷など、到底犯す気にはなれん。よってその役目は……迷宮に解き放った魔物達に、担ってもらおう」


 犬に似たそれに犯されたなら、この娘はどんな顔をするだろう。


 悪臭を放つオークのそれを咥えさせたなら、この娘も嗚咽の一つぐらいは漏らすだろうか。


「くくくくく……! 実に胸が躍るなぁ……!」


 そして。

 彼が自らの想像を実体験とすべく、エルフの奴隷へと命令を下す――


 その直前。

 なんの脈絡もなく、実験室の出入り口が派手に蹴破られ、


「うん、よし。アタリを引いたみたいな」


 見知らぬの少年と。


「っ……!」


 見知った元・奴隷の少女とが、足を踏み入れて。


 後者を目にした瞬間。


 奴隷のエルフは。

 

 彼女の姉貴分は。


 


 もう二度と会えぬと思っていた妹分へ、涙ながらに叫んだ。



「たすけて、レオナっ……!」

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