第七話 可哀想な女の子が居たら、救うのが当然なんだよなぁ


 そもそもの問題。

 隷属の魔法というのは発動者と受ける側とで、合意がなければ成立しない。


 だから奴隷になってしまった者達というのは大抵、そこへ至るまでにさまざまな責め苦を受けることになる。


 しかし、レオナは愛らしい見た目とは裏腹に、体だけでなく心も屈強なキャラクターだ。


 即オチ二コマするようなタイプでは断じてない。


 そんな彼女がなぜ、奴隷に身をやつしたのかといえば。

 姉貴分として慕い続けてきたエルフの少女、ノルンを人質に取られたからだ。


「……っ! な、なんで、それを……!?」


「言ったろ? 俺は良くも悪くも特別だって。だから……実は俺が、君達に危害を加えた連中と裏で繋がってるとか、そんな勘違いはしないでくれよ」


 彼女が発想を飛躍させる前に、釘を刺しておく。

 それから俺は、レオナに対して背中を向けたまま、


「続きは……湯船に入りながら話したいんだけど」


 背中を向けて突っ立った状態のまま、クッソシリアスな話をする……などといったシュールな絵面を、会話の最中に自覚したら、思わず噴き出しかねない。


 幸いにも、我が家に引かれた温泉は白く濁ったもので、そこへ浸かればレオナの裸体を見ずに済む。


「……うん、わかった」


 肯定の意が耳に届いてからすぐ、「ちゃぷん」という音が聞こえた。

 俺は背後を振り向いて、湯船に入った彼女の姿を確認。

 ……すげぇ。おっぱいが、浮き上がってるよ。


「ん? なんで前屈みになってんの?」


「いや、特にどうというわけでもないから、気にしないで」


 急いで湯船に入り、見苦しい状態となっている部分を隠した後。

 俺はレオナが現在に至るまでの経緯を、答え合わせの如く語り続けた。


「君達の村はある日、ノルヴァトーレ商会が雇った傭兵達の襲撃……つまりは、奴隷の獲得を目的とした人狩りに遭った。そうだよな?」


「……うん」


 首肯したレオナの瞳には、下手人達に対する昏い情念が宿っていた。


「しかし……君の同胞達は誰もが屈強で、だから傭兵達自体は、返り討ちに出来た」


「……えぇ。あたしと姉さんだけでも十分だったわ。あんな奴等」


 まぁ、そうだろうな。


 この世界の傭兵達は一部のバケモンを除けば、パラメーターの平均値は1000にも満たない。

 それに対して彼女が住んでいた村の人々は、最低でも3000以上のパラメーターを有している者ばかり。


 だから傭兵の集団がどれだけ来ようとも、何も問題はない……はずだった。


「君達を襲った奴等の中には、ノルヴァトーレ商会のボス……グインが、居たんだよな」


「……うん」


 グイン・ノルヴァトーレ。

 巨大な商会の頂点に立つ彼は、裏の顔を、持っている。


 その一つは……強大な魔導士であるということ。


 その身に宿したメイン・スキルは《バッド・マスター》。

 これはをもたらす魔法系スキルが主力となっていて、プレイヤーとしては、かなり上級者向けのメイン・スキルとして知られている。


 俺も一度プレイしてみたのだけど、特定のビルドを構築するまではかなり大変だった。

 しかしそれさえ実現出来たのなら、その強さは抜群といえる。


 そして奇しくも。

 その特定ビルドというのは、グインという敵キャラに設定された内容、そのものだった。


「グインは君達よりも、身体能力的には劣っていたが……」


「えぇ。毒やら麻痺やら、卑怯な手ばっかり使ってきて。だから」


 レオナですら、敗北寸前まで追い込まれた。

 しかしながら。


「勝てる勝負だったのよ、間違いなく……! あいつが、ノルン姉さんを人質にしなければ……!」


 とまぁ、そのように呟くレオナであったが……

 言いたくはないのだけど、この発言は思い上がりだったりする。


 何せグインは、本気など微塵も出してはいなかったのだから。


 人質を取ったのはレオナを奴隷にして、愉悦に浸るため。

 やろうと思えば、グインは彼女をアッサリと殺せたのだ。


 ……まぁ、それはさておき。


「奴は君の目の前で、ノルンを拷問して……彼女の心をへし折り、奴隷にした」


 言ってて反吐が出そうになる。

 レオナからしてみれば、よほど不愉快に違いない。


「……あいつはずっと、笑ってた。何も出来ない、あたしのことを」


 グインはそんな彼女にすら、牙を剥いて。

 彼女の手足を、欠損させた後。

 ゴミを捨てるかのように、売り払ったのだ。


「きっともう、姉さんは……!」


 まぁ、そのようにのも、無理はないよな。


 ただ……いや、これもランダム性の高いイベントなので、希望を持たせるようなことは言うまい。


 だから俺は彼女に対して、一言。


「今夜、復讐を決行する」


 こちらの言葉に、レオナは目を見開いて、


「……いい、の? そんなこと、して」


 当然のことだけど、無策で突撃したなら、よしんばグインを討てても、俺の立場は危ういものとなる。


 だが俺は知り得ているのだ。

 奴が様々な悪事に手を染めていることを。


 そんな原作知識をフル活用したなら。

 巨大商会のボスを暗殺したことに対する罪が、帳消しとなるばかりか……


 むしろ、英雄視されることになるだろう。


「何も心配することはないよ、レオナ。俺が君の望みを、叶えてやる」


「っ……!」


 堂々と断言するこちらへ、レオナは熱を帯びた眼差しを向けながら。


「……この一件が済んだなら、そのときは」


「奴隷として仕えるとか、そんなことは言わないでくれよ? 君は俺にとって、都合のいい奴隷とかではなく……大事な、仲間なんだから」


「……うん。ありがとう、ゼクス」


 笑みを浮かべ合いながら、俺は感慨を噛み締めた。


 仲間、か。

 そんな言葉が自分の口から出る瞬間が、やって来るなんてな。


 人生、何があるかわからないと、そんなふうに思いながら。


「……グイン・ノルヴァトーレ」


 討つべき男の顔を脳裏に浮かべつつ、ボソリと呟いた。



「ハッピーエンドを迎えるためにも……アタリのパターンであってくれよ、マジで」

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