第二話 努力が報われないなら、抜け道を探すしかないよな


 父にして現当主たるヴィクター・アルトリオンは、いわゆる成金の類いであり、その有り余る財力を対外へ示すことに余年がなかった。


 ゆえに我が家が占める敷地面積は、アホかと言いたくなるほど広い。


 一つの豪邸を構えるのは、凡庸な貴族の証。

 されど自分は特別な貴族である、と。


 そんなアピールをするためだけに馬鹿げた敷地面積を我が物とし、彼はそこへ一五の屋敷を設けた。


 中心に建てられているそれはヴィクターの住処。

 その他は俺を含む異母兄弟の住処となっている。


 俺はそんな屋敷の一つに帰還すると。


「治療を、頼む」


 御家付きの魔導士を自室へ呼びつけ、怪我を治してもらった。


「……本日も、ずいぶん派手にやられたようで」


 ボソリと呟いた女魔導士の声音には、なんの情念も宿ってはいない。


 我が家において、こちらを積極的に害する存在はローグのみであるが……

 それ以外の者達は、こちらに対して無関心を貫いている。


 つまり今の俺は、完全なる孤立無援ってわけだ。


「……治療が終わりましたので、失礼します」


 女魔導士が去った後、俺は一人、自室にて思考を巡らせた。


「なんとかしないとヤバい、わけだけど……どうしろってんだよ、マジで」


 我が身に宿るメイン・スキル《テイム》は、自分よりも格下の存在か、あるいは倒した魔物を使役するというものだ。


 現時点における使役数の限界は一体、であるが、そこは今のところどうでもいい。


 重要なのは、そう。

 ゼクス・アルトリオンの基礎パラメーターが、あまりにも低すぎるということだ。


 参考値として。

 プレイヤーの初期値は平均すると50前後。


 そこを踏まえたうえで、ゼクスのパラメーターを確認してみよう。



 生命力:5

 魔力:5

 筋力:5

 敏捷:5

 魔攻:2

 魔防:2



 雑魚すぎワロタァ!


 確かに、《テイム》はそれなりに強いスキルだから、原作でもこれを選んだら初期値と上限値がけっこう低く設定されるけれども!

 それにしたってここまで低くはならんわ!

 こんなゴミみたいな数値じゃ、そこらへんの犬っころにも勝てねぇよ!


 ……そうしたこちらの雑魚っぷりに反して。

 兄、ローグの平均値は、3000を超えている。


 そう、現段階において、俺とあいつには数百倍の差があるのだ。

 これを覆すためには、とにかく《テイム》の強みを活かすしかない。


《テイム》の使い手は、使役した存在のパラメーターを自らのそれへ二割、上乗せできる。

 さらには使役物に宿ったスキルを共有することで、多彩な戦術が行使可能。

 要するに、強い存在を使役すればするほど、我が身も強くなるというわけだ。


 そのためにもまずは、ゴミみたいなパラメーターを伸ばさねばならない。


 ゆえにこそ、俺は――

 父の屋敷に住まう戦術指南役、ルブルスのもとへ、赴いた。


「頼む! 俺に稽古を付けてくれ!」


 彼の私室にて、頭を下げる。

 なぜこんなことをしているのかといえば、それは当然、パラメーター・アップのためだ。


 原作にはスキル・レベルはあれども、キャラ・レベルという概念はない。

 戦闘をこなすか、各地に存在する戦術指導者の訓練を受けるか。

 基礎パラメーターを上げる方法は、この二つしかなかった。


 現状、俺が取り得る選択肢は、後者のみ。

 だからこそ、ローグに並んで不愉快な男であるルブルスへ、頭を下げているわけだが。


「……頼み方がなっていませんな」


 奴は床を指して、


「私の時間は貴重なのですよ、ゼクス様。それを無能な貴方が奪おうというのだから、相応の頼み方というものがあるでしょう?」


 俺は歯噛みしつつも、床に膝をつき、土下座の姿勢となりながら、教えを乞うた。


 しかし、そんなこちらに対して、ルブルスは、


「無能というだけでも見苦しいというのに、貴族の誇りすら持ち合わせていないとなると……貴方は筆舌に尽くし難いクズですな、ゼクス様」


 そして。

 こちらの頭を踏みにじりながら、奴は一言。


「早急に立ち去りなさい。貴方の顔を見ていると虫酸が走る」


 ……ボコりたい相手が一人、増加した瞬間であった。


 さて。

 指導者の訓練を受けられないとなると……残す選択肢は一つ。


 有り余る財力を活かす。

 これだけだ。


 父・ヴィクターは自らの財力と度量を対外に示すため、子供がいかに不出来であろうとも、一定以上の財を与えている。


 俺も例外ではなく、一生遊んで暮らしても使い切れないようなカネを、自由に扱える立場にあった。


 これを活用して……絶大な性能を誇る装備品を獲得。


 そのパラメーター補正値を恃みに、魔物との戦闘をこなし、基礎パラメーターを上げていく……と、そのように考えたわけだが。



「残念ながら、お客様が扱える品をご用意することは出来ません」



 城下にて。

 最高級の武具店を訪れてから、すぐ。

 俺は門前払いを食らった。


「貴方には当店の武具を扱えるだけの実力が感じられない。一般的な店舗へ足を運ばれることをお勧めいたします」


 とまぁ、そんな店主をどうにか説得し、武具の試着をさせてもらったのだけど……

 どうやら、ゲーム世界から現実世界へと変わっても、なお。

 武具のパラメーター制限というものは、健在だったらしい。


「重、過ぎる……!」


 鎧は当然のこと、掌に収まるような短剣ですら、扱えそうになかった。

 筋力値:5のゴミには、高級武具など勿体ないってか。


「…………コレ、詰んでね?」


 店の外へ放り出された後。

 あてどもなく城下街を彷徨う。


 戦術指導者への嘆願は踏みにじられ……

 財力を活かしての武具頼みも、実行不能となれば……


 もう、やりようがない。


 俺は残酷な運命を、受け入れるしか、ないのか。

 と……諦めかけた、矢先のことだった。


「ん?」


 ふと、ある商店が目に止まる。

 それは……奴隷を扱う、店舗だった。


 この国は亜人種に対して人権を認めておらず、また、いくつかの国と戦争状態にある。

 よって捕虜や人狩りに遭った亜人種達が、奴隷として販売されているわけだけど……


 うん。

 人としてはさ、どうかと思う。


 けれど、あえて。

 あえて、ね。


 言葉を選ばずに、言うのだけど……


 奴隷っていうのは、人であって人ではないよな?


 いや、本当に、最低な考えだってことは承知のうえだけど。

 でも……


「奴隷っていうのは人権を奪われていて……隷属の魔法により、主人には絶対服従……」


 それは、つまり。


 


 別の言い方をするならば。


「どんなに優れていても。どんなに、強くても。奴隷である限りは」


 俺よりも、格下の存在である、と。


 そういうことになるんじゃ、ないか?


 もし、この考えが正しかったなら。


「~~~~っ!」


 まるで電流が走ったかのような感覚と共に。


 一つの可能性を、思い付く。


 それは。



「――奴隷なら、相手が誰だろうと、使役出来るんじゃないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る