みえない椿
散策なく篭る休暇しているに、
「もの厭きね」
妻がぼつり剣突してくる。妻おそろしも、その心臓が気配する限り傍いなければ心許ない。不通するとて、こういう乱調ささくれる情にはつうじるか、妻ただ十文太へ、
「どうかあった」
との問いする。
「とくにはない、その証拠いまから外のつもりだ」
夫がなるべく気丈ぶり、服厚く出かけるをまた、どうかあった、と屈みに靴ひも結わえる後ろから、妻声である。声入らなかったとし結び緊縮に終え、外に勇む素振りささくれること紛らし、妻すら撒いてゆく。
昼わずか傾く陽とは役しず風には底知らぬ寒さ乗っている。乗っているものは人の肌打ち痛くする。なぶられ赤腫れる手まず慰みあわし、十文太ゆくには懐手に暖する。
経路、もう椿を避けた。あの蕾がさきから小口ほのめかすは見る憚れた。ちがった経路ながら幅がある道両端にて枯れ木ならび、掃くにのこり、風からたま走らされる落葉すみずみある。どうしろ冬の経路とは閑散を一筋引くだけでさみしい。
しかし情へと沁むる暖が人にあり、家族姿さむざむうちを笑って向かい来る。両親から挟まれ、幼もろ手が、細い片手、広き片手と大切にぎられ温まされてある。
この温もりの繋ぎ、十文太の情はさき幸せに浸るが、あとに蛇足つけ痛ましくする。蛇足の発展がお終いある正しをしたくなる。あそで暖いっさい享受する幼手が抜け、夫婦はなお詰め寄り、細い手に広き手かさなるかしら。あの光景裡には、あやうい疑義が呈されている。十文太はいまなにを目にしろ裏返したがる心象もちあわせるよう。
家族姿うしろに過ぎると、こんな裏目さぐるざまでは胸が病む。どうか処方もって気つけなければならないと、足が切り上げ自宅ゆく。
妻がある。早いものねとは、入るなり突くよう言われ、剣ほろほろ十文太うまく返事しず過ぎかけ、
「靴紐」
そう妻つぶやくに止められる。足もとだと、出るさい固く直し、さきまで歩くつてしてくれた靴が、紐を緩められてある。つと妻かがみ、つむじ晒しに、型崩れる蝶をまた繕い靴へさきよりは締め留めてくれる。十文太の片足しぼられる感じ、ささかな痛みであった。
「またすぐ緩もう」
「解いてしまうんですか」
「いまよか強に結いなおせるか」
「あなた手で、納得させるといいでしょ」
「君もうこうしてくれないか」
「もういけません」
「なら解かない」
「物ぐさですか」
この力から上には結べそうない、十文太つとめ戯れらしく言い、実際こころ吞気してられない。妻のたちあがる、それ合わせ締まりなおった靴脱ぐ。また緩めてしまった思いつ、靴下なり家の奥まで過ぎた。
食卓椅子もたれ、より気病む。たとい子とはどうだろう、こう妻へ台詞する考えるだけ、口さき鈍なり憂い、曲がる。彼女が、まだまだでしょうと、さっぱり受けつけないことだろ。それは夫婦したて頃から一貫してるのを、十文太しんじていたゆえである。一貫折りたければ、もうひと段ほど家経済へ肥やしせねば承知ない。また十文太とて、鎖あつかいに子をしては、腹痛める妻、新生される赤子ともども侮辱しているよで背徳がする。
そこであの上司ひどい奴だと恨みがしだす。十文太と同僚は実論にあったよう、上司、十文太へおける実の体であった。十文太のほう論のさまであった。論が、実へ近寄るは、同僚かかる命で明かされてある。けれど多勢たる思潮すら個人ゆるがせない折あるとは、妻からあった。妻は、夫する実だ論だで区分けるには余った。
十文太ややこしき曇天をみずから脳天のみ重ね湿気らし、晴れそうでない。これ尻目する妻、いつ間かベランダゆき干し物かけている。伸びる、かがむ、どの動きとてすらりとする背姿であった。でっぷり太るとは微塵にも想像させない若気はあった。
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