蓮のうえのふたり

 神隠しなら、心中に推移するに公へ明るむ。同僚が一蓮うえまで共にしようとした人が、つい事故から寿命の底つく破目。これを後追う同僚、自棄し山なか首に縄で柳へ下がったそうである。心中とはまるで大げさ、照準ただせば、違う日、異する場、まだ形式ではなにとない別々たるふたりが失われたに済む。しかし葬儀では同僚が遺書をしたことの囁きがある。遺書では、詩人気取り彼女と一蓮うえにて生まれますと彼らしく堅気なところ出ていたそうである。

 十文太が線香する喪服のうち、これ無理心中にしてどちらとつかず、とかく手を引いてしまっていたのだと思いつ、焼香の済ませる。遺影へ合掌する両のひらがほのか温むも、指先だと冷たい。

 大声でしないが柳とは芝居めくと、通夜帰る際してきたは、あの上司である。奇てらう者ですから僕は及びかねます、で十文太は人ごと然に同情する上司ささ離し、葬儀すら縁遠くなるまで帰途すこし足早くする。駅が電車の迎い入れば、乗り込むなり吊る糸切れるよう、そば席を取る。涙よか、冷や汗のほう勝っていた。

 蓮へついてゆくかねばならないとは、なにも同僚きりのことでなかった。彼は旧論し、これに殉じる始末をつけた。なれば旧論、実践し、旧態いる自身ゆえそこへ添う末路だろうか。十文太は妻へ危うい覚えが無性し、いま冷汗ぬぐいに、電車が流す窓外の景があまり動かないことへ焦れを起こしている。

 電車の降りでは、引き絞る矢やっと放たれる心する。それでも逸りが妻由来であり、これが実体持つまで足が活動つづける。こう焦慮する角であの椿が咲いてる、蜂は入る。蜂まず落ちる。つられていくさま、花形くずさず入られた椿とて血塊らしく落ちる。荒唐無稽であった。だがそれすら焦燥の焚きつけであった。

 帰宅におかえりなさいとあり、ほぅっと落ちる肩がある。血相欠きますね。妻から塩ともどもかけられ、胸なで降ろすまで平静へ近づく。椿が頭の角にもういない。

 なくなると怖い、十文太そうごちる。羽織る喪服あずかる妻なら、瞑目ちいさい鼻あずかりものへ寄せ、つよい線香とする。それから、すぐ席へひと息する夫が肩に、嫌な一日でしたと白く添えてくれる。添え返し、十文太そこへ爪立ち、食い込んで、すがれればと発心がする。これ惨く、体裁悪しいものだと抑制がある。抑す底には、体裁まもろう倫理よか、妻実体より泡沫はじける恣意の想像から、恐怖をつき動かされたが深くにある。

 隅へ二段づみ太る布団は今宵に早々薄く敷かれる。秒針音が頭うえ、どこかよりする。妻はとなり寝息するも、微かため途切れ規則ほころびがち、耳ふれなければ十文太こわがらせる。堪えなく寝返り、妻ほう向くなら、暗い。

 目馴れれば彼女の背ける後髪あった。いま及ぶまで寝て隙した妻帯が顔のぞいていないを悟る。ここまで寝息すこやかといえ、途切れがち、浅い、こう夢うつたるあやしいもの、八年まで不満なかったをふしぎがる。

 昔日、夜なにごとなく寝床入り、朝だと寝ている姿まま心臓裂け、冷たかった。そんな不意打ちに見舞われる人ごとは、知人より聞かされ物珍しかった。珍しいながら、あとは興なく聞いてる素振りであった。それがこの山並みよな影で横たわる妻姿から思いだし、だんだん興なくしていた箇所まで起こされる。

 知人いうに、こうなるに心臓が、爆弾だろ。また時限くせ、その時計うかがうをできない。生まれたてから困った品うごかしている。知人、締めに人間なりわうは、おっかない。

 秒針がする。なんの音だと闇手さぐり、枕もと置時計が感触する。目馴れたとて、この針までは指しどころ得ない。すれば音であれ、この持っているものからしていない。見下ろす山影に鳴るもとがある。息は規則添えないくせ、この秒針音はっきり則った音さす。

 音するが脅威さし、されど止むならまたひたすら冷たい朝を連想され嫌がある。どこへ行け苦し、十文太もう苦労にて寝入る待ち、頭まで布団するほかないんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る